序章
29.22
それはまた突然、何の前触れも無く起こった・・・1941年11月26日より八年の歳月を経て、帝國は元の世界に戻されたのだ。先に挙げた数字は誤差である。帝國の異世界での八年間は、元の世界に於いては29.22日しか経っていなかった
1941年12月25日、この日に帝國は帰ってきたのだ
世界は激変していた
日本消失と呼ばれる、各国での日本人および列島そのものの消失は第1報として、前者は各大使館、後者は長崎・博多方面の市場に漁の荷揚げを行うべく朝鮮半島出身者が寄港した際に発信された。
米英はその異変を探るより、まず。奇襲攻撃の可能性を考えて警報を放った。列島そのものの消失はその時点では一切認識されていない。というより、そのような事態が発生するとは考えられるはずもなく。一種の欺瞞としか見えないのは当然の帰結であろう。
それが事実として認識され始めるのは、常態として敵対していた国民党および共産党軍から各戦線全域の前面へ誰もいなくなった。とする報告と、日本人という中核を失って行動の指針を求め、暗号化すらせずなりふり構わず電報を発する満州国、および、朝鮮・台湾総督府からの通信、そして最後に警戒を行っていたグァム、フィリピンからの航空偵察、および内南洋諸島への上陸を経てのことであった。
しかし、それそのもの自体は各国政府に注目こそされたが、世界のスタンダードではなかった。一国、しかも世界的に見ても巨大な島そのものが消えようとも、不可解さはあっても欧州は極東より遠く、モスクワ攻防戦およびアフリカ戦線という注目を浴びる戦線が佳境を迎えており、日本を注目している余裕が殆どなかったし、確認した米英中にあっても未だ疑心暗鬼の状態であったからなおさらだ。
ともあれ、この事にいち早く動いたのは英国であった。
国際連盟は当時ジュネーヴが孤立し、総会・理事会が実施困難となったことからその機能を中立国とされる米国他に分散、そしてユダヤ系ノルウェー人のカール・ヨアヒム・ハンブロを議長とする管理委員会が結成されていたが、これに働きかけ、日本が委託統治領とされていた南洋諸島の委託を米国へと変更することをそれこそ電光石火の勢いで決定させた。もちろんこれには、これまで以上のレンドリースを要請し、そして、日本という存在が失われたことにより、米国の参戦という機会が遠のいたことに対応するためのチャーチルらしい力技ともいえよう。
しかし、帝國は元の世界へと帰還した。
帝國にとっても、この事態が発生した当初と同じく。また帰還も国内に混乱を発生させることとなった。確かに、8年前に転移をしていずれ戻るかもしれないという懸念はあったとしても、面食らうのは仕方がないことであろう。それに、世界は8年後ではなく、一ヶ月も時間が経っていないというのだ。これが本当に消失して同じく八年の月日が経ていたとしたら、また世界の政治情勢も違っていたのであろうが、それが全く無いという事は予想の外にあった。
そして前回の転移と違う点は、異世界の大陸などの遠隔地にあった艦艇と人員、そして施設はあろうことか地中海側、イタリアはアドリア海沿岸の都市、プッリャ州バーリを中心に転移、出現していたのだ。原因はレーヴァテイル(Leviatailレヴィアタンと尾っぽのテイルとの造語から作られた人魚族)や獣耳族(ケモミミ、いわずもがな)、黒蠍族などの異種族を共にしてきたからだという推測が行われたが、そんな事を考える以前に、欧州の政治情勢に否応なしに巻き込まれることを意味していた。
本土、およびイタリアに展開していた艦隊の編成を見てみよう
帝國海軍主要艦艇一覧(本土)
第一戦隊 大和 武蔵 紀伊 尾張
第二戦隊 長門 陸奥 伊勢 日向
第三戦隊 金剛 比叡 榛名 霧島
第四戦隊第一分隊 高雄 鳥海
第五戦隊第一分隊 妙高 那智
第七戦隊 最上 三隈 鈴谷 熊野
第八戦隊 利根 筑摩 伊吹 剣
第一航空戦隊 大鳳 瑞鶴 翔鶴
第二航空戦隊 雲龍 飛龍 蒼龍
第三航空戦隊 赤城 天城 葛城
第四航空戦隊 信濃 薩摩 加賀
第五航空戦隊 阿蘇 生駒 笠置
第六航空戦隊 隼鷹 飛鷹 龍驤
第七航空戦隊 瑞鳳 祥鳳 龍鳳
第八航空戦隊 千代田 千歳 瑞穂
第九戦隊 球磨 多摩 木曾 北上 大井 木曾
第十戦隊 白根 鞍馬
第十二戦隊 長良 名取 五十鈴
第十四戦隊 川内 那珂 神通
第一水雷戦隊 旗艦 阿賀野
第1駆逐隊 夕雲 巻雲 風雲 秋雲
第11駆逐隊 黒潮 親潮 早潮 夏潮
第21駆逐隊 長波 巻波 高波 大波
第31駆逐隊 初風 雪風 天津風 時津風
第二水雷戦隊 旗艦 能代
第2駆逐隊 島風 神風 朝風 春風
第12駆逐隊 浦風 磯風 浜風 谷風
第22駆逐隊 松風 旗風 追風 疾風
第32駆逐隊 野分 嵐 萩風 舞風
第三水雷戦隊 旗艦 矢矧
第3駆逐隊 清波 玉波 涼波 藤波
第13駆逐隊 朝潮 大潮 満潮 荒潮
第23駆逐隊 早波 浜波 沖波 岸波
第33駆逐隊 海風 山風 江風 涼風
第四水雷戦隊 旗艦 酒匂
第4駆逐隊 澤風 太刀風 汐風 波風
第14駆逐隊 陽炎 不知火 霞 霰
第24駆逐隊 朝霜 早霜 秋霜 清霜
第34駆逐隊 朝雲 山雲 夏雲 峯雲
航空戦隊附き駆逐隊
第41駆逐隊 秋月 照月 涼月 初月
第42駆逐隊 新月 若月 霜月 冬月
第43駆逐隊 春月 宵月 花月 夏月
第44駆逐隊 満月 清月 大月 葉月
第45駆逐隊 山月 浦月 繊月 三日月
第46駆逐隊 睦月 如月 弥生 卯月
第47駆逐隊 皐月 水無月 文月 長月
第48駆逐隊 菊月 夕月 立待月 伏待月
二等駆逐艦(吹雪級の駆逐艦群)23隻
伊号潜水艦 32隻
建造中(戦艦2 空母2他)
大陸派遣艦隊主要艦艇一覧(イタリア・アドリア海に出現)
第十一戦隊 山城 朝日(工作艦)
第四戦隊第二分隊 摩耶 愛宕
第五戦隊第二分隊 足柄 羽黒
第六戦隊 大淀 仁淀 青葉 衣笠
第十三戦隊 由良 鬼怒 阿武隈
第九航空戦隊 大鷹 沖鷹 雲鷹
第49駆逐隊 望月 宵待月 居待月 弓張月
第5駆逐隊 村雨 夕立 春雨 五月雨
第15駆逐隊 白露 時雨 有明 夕暮
第25駆逐隊 初春 子日 若葉 初霜
伊号潜水艦6隻
海防艦以下の艦艇は表記を除く
イタリア本土に戦艦1重巡洋艦4軽巡洋艦7軽空母3駆逐艦16潜水艦6の37隻の一大戦力が人員他ともなって出現したのだ。近代国家にとって必要不可欠ともいえる150万トンの備蓄石油とその他希少鉱物・資源、一万トンを超えるタンカー7隻、そして輸送船多数を伴って。ミリタリーバランスが崩れるどころではない。備蓄のそれだけでイタリア海軍が開戦時に保有していた備蓄量と同量のそれであり、
41年の10月時点で3万トンを切る備蓄しかない海軍が息を吹き返すのと同意でもあった。
そして、この時期のイタリア海軍は英海軍の攻勢に対し、かろうじて第一次シルテ湾海戦の勝利(12月17日)や、日本が現われる直前(12月19日)に成し遂げられたアレキサンドリア軍港奇襲による英戦艦2隻の撃破で形勢を持ちなおしたばかりであって、そこにこれである。統領ことムッソリーニにして
『かつてこれ以上のクリスマスプレゼントを貰ったことはない』
とまで非公式にいわしめただけはあった
翻って、青ざめたのが英海軍である。
上記の第1次シルテ湾海戦の時点で駆逐艦の不足から戦艦の投入が躊躇われるほどの減勢の中、肝心の要である戦艦、クイーンエリザベスとヴァリアントを大破着底によって行動不能となっており、地中海艦隊に所属していた残りの戦艦であるマレーヤ・ウォースパイトはこの時点で米国での修理あるいは帰還の途上で、バーラムは既に失く、本国艦隊の戦艦を除くとラミリーズは南アフリカのケープタウンを拠点に船団護衛を実施しており、ロイヤル・サヴリンはマダガスカルのモザンビーク海峡上、リヴェンジはセイロンのトゥリンコマリーに、そして東洋艦隊にプリンスオブウェールズとレパルスを向けておりH部隊のロドネーは整備のために回港中、ネルソンは英本国で修理中と地中海艦隊のカニンガム大将をして
『戦局は絶望的、いや、破滅的ですらある。地中海艦隊司令部はクレタでの損失を上回る結果を既に覚悟している』
と、第一海軍卿であるパウンド元帥に文書を送っている。
そうした現状に陥った帝國がまず直面したのが、自身の情報発信能力がほぼ皆無であるということだ。各国に本来いたはずの外交官らが一切いないのだから当たり前の話ではある。
この時の内閣は調整屋として過労で倒れるほどの激務を終えた東条らの内閣から、異世界での物流を大きく確保するために海軍の米内第二次内閣がそのトップとなっていたが、彼の再転移で帝國が帰還した場合のスタンスは明確であった
『帝國はどこにいようが物が入ってこなければ、そして、加工して出ていかなければ成り立たない。そして今、その相手国として相応しいのは遠い独伊ではなく米英、そしてソ連である。領土問題はさておくとして、まずは開戦せぬこと、これに尽きる』
そのためにはいち早く外交官を送る必要性がある。と、情報収集を含めて米内はイタリアにあった艦隊、そして陸軍に対して司令部要員を割いて各国に派遣するように要請している。本土でも、特使を送る用意があると米国に通達をし、満州、および各総督府にも混乱を収拾すべく人員を再派遣を整えた。
『この事態は我が国にとって確かに驚きであったがチャンスでもあった。国際政治上で大きな変化(ドイツの敗戦に伴う欧州大戦の終結)が起きるまで耐えうる石油などの資源が本土にも備蓄されている。米国が送ってきたハルノートに対してもおおよそ答え切れる用意がある。そして在イタリア艦隊の司令部要員、これを運用が難しいほど引き抜けば、その意図が相手にも通じる。そう考えていた』
というのが非戦にあたって米内の胸の内であった。そして海軍大臣を務める盟友の山本、現場の小沢GF長官もその事に理解を示し、即座に行動に移ってくれていた。そこに事件が起きる
1942年1月19日 甑島南方海域 1700 プリンス・オブ・ウェールズ
東シナ海に日が沈もうとしている。
『まもなく大隅チャンネルに進入します』
『針路そのまま』
『針路そのまま、アイ!』
見張員の報告に艦長がそう答え、操舵手が復唱する。その光景に嘆息しつつ、その男は艦長へと言葉をかけた
『リーチ艦長、私は偉大な英国と国王陛下へ尽くす事に疑念を持ったことは一度もないが、今回は何をどう考えても馬鹿げている。と、らしくもない言葉を吐きたくなる』
小柄だが、どこか優しげな顔をしていて、このイギリス東洋艦隊の兵達からは親指トムとあだ名されている彼が、珍しく愚痴っている・・・しかし無理もない
『彼の国が29日の間に何があったかは知らんが、それで混乱しているこの時期に、裏口からいきなり現れるような真似をするのが紳士のやり方か?』
大隅海峡を抜けて、房総沖まで進出することをフィリップスは命じられていた。命令書には書かれていないが、特に鹿児島沖では陸地に近づいて行動せよ、という通達も添えられていた
『鹿児島は日本海軍にとってある意味故郷のようなものです、英国の存在感を押し出すには適当な場所でしょう。呉や横須賀に直接突っ込めと言われないだけマシでしょう・・・あまり縁起の良い場所ではありませんが』
従兵に紅茶を求めてから、リーチも答える。鹿児島。薩英戦争時、我がロイヤルネイヴィーが一敗地となった所である
『・・・もしもの場合もあの頃とは違い、こちらはウェールズを始め、レパルスも居る。ただ逃げるだけならなんとかなるか・・・ますます気に食わないね』
雪辱戦も行えない・・・無論戦わずに済むのならそれのほうがよい。シンガポールと香港で独自に通信を傍受しての日本の指針は、明らかに避戦のためであった。地中海のイタリアにかの海軍の艦隊が資源をもって現れたというのは未だ信じられない情報ではあるが、フィリップスの感触として交戦の意図は今のところ読み取れなかった。だいたい、マラッカ海峡や紅海もあるのだ、どこかで捕まっていたはずだ。あまりにも不可解すぎるし、参戦するなら最初から攻撃が始まっている。
『RDFに探知、数、2』
『左舷にマスト近づいてきまぁす!』
フィリップスはリーチ艦長が用意させた紅茶を飲み干すと、カップを従兵に返し制帽をかぶりなおす
『いよいよお出ましだな』
『位置からして佐世保の部隊ですかな?』
おそらくここで何かしらと出会うだろうことは予測がついていた。彼らは馬鹿でも無能でもない
『それはわからん。ここは彼等の庭だからな・・・ナガトかムツ、イセかヒュウガでもないとこの皇太子には釣り合わぬが・・・』
フィリップスが双眼鏡を構えるとフィリップスの口角が釣り上がるのが見えた。リーチもその後につづく
『嬉しそうですね、司令』
『そうかね?』
なんにしろ親指トムは戦艦が、いや、軍艦が大好きなのだ。しばらくすると高速なのか、その艦艇の姿が大きくなってくる
『日本は我々と同じく条約を遵守してくれたみたいだな、今までと違い特徴的だが美しい艦だ、もう2隻とも揃えてるとは思わなかったが。艦形はこぶりだ、ドイツのシャルンホルストと同程度、か?』
『艦橋は改装後のヒエイの発展系でしょうか。RDFらしきものも見当たります。これが噂の新型戦艦でしょう』
リーチも頷く
『レパルスではちとキツい可能性がありますね。どうにも古いので』
『せめてレナウンほどに改装させたいところだが、抜けて本国なりに向かわせるわけにもいかんしな。ふむ、夜になってストロボを炊く必要がないうちに写真を撮っておけ、向こうも撮っているはずだ』
やがてその2艦は並走する形となる。一応大隅海峡は慣習的に国際海峡(この認識は当時無いが)であり
、とりあえずは問題ない。無害航行は権利として許されている
『ぴったり張り付いてきます。やりますね』
『そうそうヘマは出来んさ、むしろこっちの方が問題かも知れぬ』
まだこのプリンス・オブ・ウェールズには練度的に怪しいところがある。なんとか回航中に出来ることはやらせてきたが
『まあ、いい訓練の合いの手だ。せいぜい活用させてもらおう』
ぴったり張り付いてくるなら海峡とはいえ振り回しても問題なかろう
『艦長、全力での突破は可能か?』
『速度勝負を実施する、と。了解です。機関、最大速力』
『アイ!フルアヘッド!』
『レパルスにも続航させよ!』
発光信号がまたたく
『・・・・・・司令、そろそろ機関出力を落としませんとレパルスが持ちません』
『そうだな』
二時間ほどのチキンレースで根をあげたのはこちら側だった。レパルスは機関をレナウンと違い就役時から交換していない。ずっと全速を出させるとガタがきだすのは致し方ない
『やるなぁ』
日本艦はずっとこっちにぴったりついてきている
『こちらRDF!左舷前方に反応、先程より大きい!』
『呉の部隊ですな、おそらく』
頷く。おそらく戦艦。さて、誰が来るか
『なんだ、あれは・・・』
次第に明らかになる姿に絶句する。この皇太子が子供に見える、形は先ほどの艦とそっくりだ
『全員あれに注視!あらゆる情報を収集せよ!』
そして恐るべきは、それが既に二艦。なんなのだこれは・・・!
『写真も構わん!ストロボ炊いてでも撮れ!あれは報告すべき代物だ!』
『とんでもないものに出くわしましたな』
リーチも顔が引き攣りながらそういう。本当に、なんなのだ、あれは
『チャーチル首相にはこれ以上本艦を不沈艦を言いふらすのはやめてくれと言わねばならんな』
『敵艦から発光信号!』
あの巨大艦から光が瞬く
『いまだ我が国はかの国と交戦していない!故にあれは敵艦ではない!内容は!』
『は、ハッ!針路至急変更されたし、前方に漁船・・・』
全員が前を見る。先ほどの命令で前方警戒をおろそかにしすぎた・・・!
『変針!回避しろ!』
『ダメです!間に合いません・・・!』
ウェールズは回避を行うにはいささか速度を出しすぎていた。
『なぜこんな近くまで漁船が・・!』
このウェールズも戦艦だ、近づけばわかるだろうに
『対衝撃姿勢!ぶつかるぞ!』
ギャリギャリギャリギャリ
100tにも満たない木造船を、ウェールズは踏み潰していく
『だ、ダメージレポート!急げ!』
『艦長!艦を停止させよ!救難作業を行う!』
それにはさすがのリーチも面食らった
『停止ですか?』
あの艦がいるのに
『これは我々の落ち度だ!なにをためらう必要やある!レパルスにも伝えよ!』
これは・・・これは大きな問題となろうな・・・
『死人が出ていなければいいが・・・』
政府の連中は日本と戦争したがっている。米国の参戦が第一次世界大戦の頃のように連合側有利に持ち込む最良の手だからだ
『新型艦が見れたのは、ある意味奴らにとって都合がよいことになりそうだな』
その片棒を、こんな形で担ってしまうとは・・・!
のちに、大隅海峡事件と呼ばれるこの事件は両国の感情を爆発させる要因となる。これが、最初の導火線であった。欧州大戦から、世界大戦となる最初の
改訂版よりの修正点
・駆逐隊の明記
・5500tクラスの現役
・青葉級の軽巡化(旧最上の3連装砲搭載)
・イタリアに出現した艦隊への艦隊型駆逐艦の存在(旧3隻→16隻)
・イタリアでの出現位置の明確化
・大鳳の事故沈没の有無
・航空戦隊編成を2編成から3編成へ
・持ってきた資源(石油)の量の明確化
・内南洋の米側取得の根拠
・レパルス沈没せず
・在イタリア艦隊の指揮能力の低下原因明記
等となります