第1話:危機
ツーツーという電子音が聞こえていた。
「なんだろう・・これ?」
そう思いながら、いろいろ触ってみたが反応がない。
「まいったな、彼女の忘れ物かもしれないし・・けど、なんだこれ?」
晴彦がそうつぶやいたとたん音は鳴り止んだ。
ガラッ・・美術室の扉が開いた。
「なんだ、飯田か!・・今ごろなにしてるんだ?」
そう言って現れたのは、美術教員の岡田先生だった。
年齢は40歳近いが、くだけた人懐っこい人柄で、男女問わず生徒には人気がある。
「なんだ、岡田先生かあ・・」と晴彦はしょげる。
一瞬、久美子が戻ってきたのかと思ったのだ。
「なんだは、ないだろーが(笑)。お前、美術部員でもないのに、何しとるんだ?早く帰れ」
「はいはい。帰りますよ」「先生は帰らないんですか?もう遅いですよ」
「はははは・・俺は、この学校の用心棒だからな。校舎を見回ったら帰るよ」
用心棒と言っているが、岡田はかなり鍛えこんだ体をしていて、
それこそ、オリンピックの体操選手のような筋肉質の体型をしていた。
頭も東大に入れるくらい良かったようだが、絵を描くことと、子供が大好きだったので、
高校教師になったのだと岡田本人から聞いたことがある。
「じゃあ、先生、俺はこれで・・」と晴彦が言いかけた時、
突如、ジリリリイリイーーーーーーーーーー!!と校舎に警報機が鳴り響いた!!
岡田「火事・・か!!」
晴彦「先生・・マジで火事かも!どこだろ!?」
その時だった。ズシイイーーン!!と校舎が縦に少し沈んだかと思うと、
大きな揺れが起こって、2人ともがくんとバランスを崩した。
「うわあっ!!」と晴彦は床に倒れながら叫んだが、
岡田はしっかりバランスをとって立っていた。冷静に周囲を注視している。
「まさか、やつら!!・・・とうとう始めやがったか!!」とつぶやく岡田の横で、
ロダンやヴィーナスの石膏が落ちて割れた。いろんな物がガタガタと異様に揺れ動いた。
闇の中で地響きにゆれる灰色の校舎。美術室の電灯がまばたく。そして消える。
バチッ!という音がして、今度はパアッ!!と外が明るくなった。
そのまばゆい光が、緊迫して汗が浮き立った岡田の恐ろしい形相を一瞬だけ映した。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・という地鳴りとともに、その不気味な揺れは消えていった。
いつしか警報も鳴り止んでいる・・・。
晴彦「先生・・な・・なんですか、今の?ただの地震とは違うような・・・」
岡田「君はもう帰りなさい」
いつになく低く緊張感のある声でつぶやいた岡田の表情は硬く引き締まっていた。
その声は、まるで機械仕掛けの声のように、低く人間味がない。
いつもニコニコと、くだらないジョークを振りまいて生徒を笑わせている岡田ではない。
そこには、別人の岡田がいたのだ。
晴彦はふと思った・・・。
そう言えば、宮口さんも、なぜ、一人でこの美術室にいたんだろうか・・・。
岡田は、さっき「やつら」と言った・・「やつら」っていったいなんなのだろうか・・・。
いや、それより、家のことが心配だ。
あれだけの地震なら、街中で倒壊はもちろん火事だって起こったかもしれない。
外に出ると、高台にある聖陵高校から、街の夜景が見下ろせた。
震度6近い地震があったというのに、街は何事もなかったかのように穏やかに静まり返っている。
救急車もパトカーも走ってはいない。普通に人も歩いている・・・。
晴彦「そ・・そんな・・・・どういうことだ??」
「あれだけの地震があったのに・・・まさか、学校だけ・・!?? そんな馬鹿なっ・・!!」
その時、暗がりから人影が動いた。
ハッとして晴彦が振り向くと、あの宮口久美子が見たこともない銀色に光る銃を向けて立っていた。




