9.異空間感覚
「午後よりパレードが用意されております。それまでの時間に、済ませるべき儀式を済ませ、各方面の知識を仕入れていただきます」
ジェベルが、にこやかな顔でスケジュール帳をめくっていた。
車に揺られること三分。
制服(水着)に着替えたミウラとジェベル、それに桃果と桃矢の四人は、ゼクトール本島から突き出した岬の入り口に立っていた。フライパンの柄の付け根部分に相当する場所だ。
朝の光の中、白を基調とした南国情緒に溢れる古い建物がぽつぽつと建っている。どことなく古い遺跡を思わせる地域。
ゼクトールは、珊瑚礁が隆起してできた島。大地の色は白が基本にして特徴。だのに、この辺り、つまり神殿地域だけが「黒い土」で出来た大地だった。
もう一つ。たいした突起物のない地形が特徴のゼクトール島。この位置から西の海を眺めると、丸い水平線の彼方まで一望できる。
「なに? この反則的な透明度! 海の底が見える!」
桃果が感嘆の声を上げ、バカみたいに笑っていた。
南国の景色に、実によく似合う笑顔。太陽は緯度の低い地域でこそ底力を発揮する。
明るい太陽と美しい海。
脳震盪を引きずってしまい、胃の中を一度は空にした桃矢だったか、気分は一発で晴れた。
空から見た珊瑚礁もすばらしかったが、間近で見る珊瑚礁の海もまた別格である。
真っ白な砂浜に縁取られた島。エメラルドで埋め尽くした海。半島部分の周囲だけが深い藍色に染まり、色の多様性を楽しませてくれる。
海からの潮風に少し混じったオイル臭が一点の曇りか……。
沖に浮かんでいるのは漁船だろうか? すぐ側でイルカが三頭、並んでジャンプした。
「ついでですので、簡単なガイドなどいかがでしょうか?」
ミウラの機嫌が良い。美しい風景が彼女をそうさせるのだろう。きりっとした美少女バスガイドさんの観光案内。桃矢は一発で乗った。
「お願いします」
桃矢を見つめる桃果の白い目に気付いた様子もなく、ミウラが案内を始めた。
「まず、ゼクトール周辺海域の特長ですが、我が国経済水域を囲むかのように、流れの速い海流に取り巻かれております。そのため、動力のない船舶による往来は不可能。これが第二次大戦末期に日本軍と接触するまで、わが国が国際社会より隔離されていた理由の一つです。そして、ゼクトール周辺海域は、季節風や主とした海流から遠く離れています。風らしい風が吹くのは朝と夕方だけ。台風やハリケーンと呼ばれる大型の暴風雨は十年に一度、来るか来ないかです」
たしかに、それなりの高台なのに、風が吹いていない。桃矢の頭頂で、おさまりの悪い一本の毛が、わずかに揺れるだけの微風しか漂っていない。
「ゼクトール島の周囲は、珊瑚礁のため、世界でも例を見ない遠浅です。よって、大型船舶は進入不可能。おまけに、そこかしこにバリアリーフが存在し、上陸用舟艇でも座礁の危険性があります。つまり、本島に着岸できるのは小舟のみ。こういった事象が、国土防衛に一役買っています」
ミウラのガイドは、国防長官のものであった。「はぁ」としまりのない口で相づちをうつ桃矢。桃果が、また向こうを向いて肩を振るわせている。
「反面、大型漁船や連絡船なども接岸できない、というデメリットもありますが――」
ミウラが岬の先っぽを指さした。桃矢と桃果は遠い海域を見ることになる。
ゼクトール島を取り巻くエメラルドの海を割って、深いコバルト色の海が長く西に伸びている。それは海の中の川のように、遠くまで一直線に伸び、外洋の蒼に繋がっていた。
「色の濃い部分は水深が深いのです。何故こうなったかは、今もって解明されていませんが、ゼクトール本島に繋がる唯一の、海の回廊です。ここを抜けないと、桟橋や港に停泊できません。海上防衛はこの地域、一点に絞れます」
あまり興味のない話なので、何とか話題を変える算段はないものかと、桃矢はいつものごとく桃果に救いを求めた。
「海軍艦艇は? もちろん高速艇よね?」
桃果は目を輝かしてミウラの防衛計画に聞き入っていた。……ので、諦めた。
「小型高速艇が三隻。常時この海域に展開されています。型は古いですが、整備回数を多く取っているので常に万全です」
うんうんとうなずく桃果。目が輝いている。
「それから、遠くに見えるあの島影」
遠く、海の道に少しかかるように、小さく黒い島が見える。かろうじて直角三角形をした島影が見て取れた。
「あれはミョーイ島と申しまして、漁業の補給基地になっております。本島から遠く離れた島です。おかげでゼクトールの経済排他的水域が広がっているのですが――」
ミウラの長い説明の途中、周囲が急に暗くなった。桃矢はそんな気がした。
桃矢一人がゆっくりと後ろを振り向く。視線を感じたのだった――。
次回、○○○・ゼクトール