7.王座
「えーと……」
桃矢が狼狽えていた。
映画やテレビでよく見る、南国情緒たっぷりのシーン。
天井で、厳かに回転する巨大なプロペラ。白いテーブルクロスが眩しい長テーブル。色とりどりの花や溢れんばかりの南国フルーツを盛った美しい器。
長テーブルの両脇に少女達……もとい、何らかの閣僚達が、何らかの順に、並んで座っている。
一人ずつ、スク水にエプロン姿の愛らしい少女が……もとい、給仕がついていた。
面食らった感の桃矢であるが、国王なんだから当然上座。不満そうにしている桃果が次の座。
「ジェベルさん、これって朝ゴハンですよね?」
ナイフとフォークを持った桃矢。これから朝食メニューを平らげようというのだ。
「はい、なにか不手際でもございましたでしょうか?」
「いや、その、量がね……」
顔を見合わす桃矢と桃果。そう、量が問題だった。
鉄板の上で、音を立てて蒸気をあげる、広辞苑のような六百グラムステーキ。の、上に置かれた目玉焼き五個。の、上からかけられた濃厚なデミグラスソース・マッシュルーム入り。ギラギラとしたラードが自己主張している。
桃矢は線が細いくせに燃費が悪い方だ。でも、朝からこれはいくらなんでも無理だろう。
「こんなのがゼクトール王の食事なんですか?」
げっそりとした桃矢がジェベルにたずねる。
突然、大きな音がしてドアが開いた。
驚いてドアの方を見る桃矢。
護衛兵の女の子達(競泳水着姿)が泣きそうになってしがみつくのを歯牙にもかけず、突進してくる巨大な肉塊が二つ。
「こんなので申し訳ございませんっ! トーヤ様ぁっ!」
一人はガラガラ声の老人だった。
二メートルをかるく超える巨漢。ちりぢりの黒髪を肩まで垂らしている。顎髭が濃くて長い。
ひよこのアップリケがついた白いエプロンをつけていた。
「本来、八百グラムステーキに卵十個の所、たった五個で調理してしまいました!」
テンガロンハットを被ったもう一人の老人が、膝をついた。
二メートルにわずか足りない長身。金髪でボブカット。立派な髭を鼻の下に蓄えている。
こちらの老人はピンクに白いフリル付きのエプロン姿だ。
抱きついて爺ちゃんの突進を止めている水着姿の少女、……もとい、衛兵達を、小さな子供を扱うかのように、二老人は軽々と抱き上げて下ろした。
実際、衛兵は子供だったが。
二人とも筋肉が異様に発達している。そして見上げるような大男。
「ブロスにハセン。二名ともそこへなおれ。トーヤ様に代わり成敗してくれる」
ミウラが、ワンアクションで拳銃を引き抜く。フルオートが握られていた。
桃矢はもとより桃果まで、突然の出来事に棒立ちだった。
「処罰は覚悟の上! 我ら王室の調理を預かって十余年。前王に請われるまま、当初から予算オーバーを繰り返して参りました。すでに王室維持費が尽きましてございます!」
ごつい両手を祈りの形に組んで、頭を下げるキングコングのような黒髪の巨人。
「どうか、どうかトーヤ様におかれましては、毎朝のステーキを半分の四百グラムにぃ!」
テンガロンハットの巨大コックが額を床にこすりつける。
半分でも厳しい! 正反対の意味で。
と、ここで桃矢の額、星形のホクロに嫌な色の光が走った。
「いやいやいや、ちょっと待って! 朝がステーキなら、昼ゴハンはどうなるの?」
ある意味、興味が湧いた桃矢。怖い物見たさである。
「本日は一皿料理でして……。トリュフのスライスで覆いつくしたフォアグラのブロック入りチーズとバターの濃厚クリーム肉厚ベーコンカルボナーラ太パスタを大皿で!」
桃矢の胃が防御反応をした。まだ食べてないのに、胃に膜が張った感じがしたのだ。
「ちなみに、今夜のメニューは、ヘルシーな鶏肉をラード油で揚げた――」
「夜はいいわ! 聞くだけで胸焼けしてきたから!」
両手を振ってメニュー解説を制止する桃果。彼女も王室の食生活に厳しさを感じたようで、眉間に皺を寄せている。
「ひょっとして、前国王がお亡くなりになった原因って、糖尿ですか?」
桃矢が小声で、銃を構えるミウラに聞いた。
「それも原因の一つですが、……その他に高血圧と肝硬変と腎臓結石と心臓動脈梗塞と大静脈瘤と脳梗塞を併発されて……。我がゼクトールの田舎医学ではどうしようもなく……」
「いやいやいや、医療先進国でもそれは助からないよ。つーか、誰も食生活を改善させなかったの?」
血が滲むほど唇を噛みしめるミウラ。ジェベルはじめ各閣僚もうつむいている。
「それは……許されないことです」
やはり口を開いたのはミウラ。
「王の命令は絶対です! まして王家の伝統ある風習。我ら臣民に、口出しなどできません。我らの生与奪権は王にあり!」
口を真一文字に結ぶミウラ。目に危ない光が灯る。
「部下の責任はわたしの責任。ここはわたくしが!」
いうなり自らのこめかみに拳銃を向けるミウラ。閣僚達は誰も止めようとしない。
そして、銃が火を噴いた。
「危ないって!」
間一髪。桃矢がミウラの腕に飛びついていた。おかげで、狙いのはずれた銃弾が壁にめり込むだけですんだ。桃矢の口元が引きつっている。
「我らの忠誠は犬のごとし! 王の言葉は、神のご意志なり!」
その場に居合わせた者で、桃矢と桃果を除くもの全てが声を揃えた。国の標語なのだろう。それにしてもヤバイ連中だ。
桃矢は、どうしていいかわからなくなって、視線を桃果に向けた。
助けを求めるかのように桃矢を見ている桃果がいた。
「恐るべき忠誠心ね!」
桃果の漏らした言葉。
桃矢は、ハタと気づいた。そして、こう提案した。
「その伝統料理を出すのは、国の記念日だけにしませんか? 例えば、建国記念日だとか誕生日だとか」
「ゼクトール王である桃矢様による、記念すべき初めてのまともなご命令よ!」
桃矢の提案を勘のいい桃果が補足する。
桃果が勝手に抜き払った伝家の魔剣、いや、宝刀・国王命令。
ミウラ達は、魔法の呪文にひれ伏した。
虎の威を借る狐。桃矢はすぐにその故事を思い出した。が、口にしないほうがいいという知恵が備わっていたのは幸いであった。
「材料の運搬費だけでお金がかかりそうだもんね。それに、その方が王家の伝統らしくっていいよ。もったいぶる方が、格式も上がるってもんだ」
二人の提案に、ゼクトール人達が驚いている。一様に口をOの字にして固まっていた。
言い過ぎてしまったかと思い、またまた視線を桃果にあわわせる桃矢。桃果は、堂々としていろと、目で答えてきた。
案の定。
「やはり、トーヤ様は王の器!」
「ゼクトールの国庫、ならびに国民の生活をこれほどまでに心配していただけるとは!」
閣僚達は勝手に勘違いしてくれた。
とても単純で、すぐに人を信じる正直者。おまけに良い方へ良い方へと考えるポジティブ指向。
食費だけでこの感謝。桃矢は大げさすぎると思ったが、先程の標語を思い出し、ゼクトールではこんなものなのだろうと一人で合点していた。
なんにせよ、ステーキ一枚で……。
「あ、そうだ!」
桃矢の頭上で豆電球が輝いた。
「このギザサイズステーキなんだけど、残すのももったいないからみんなで食べようよ。僕が切り分けるから、みんな、お皿を持ってきて」
ナイフとフォークを手にした桃矢。言ったそばから早速切り分けている。
「トーヤ様っ!」
ミウラが叫んだ。
「え? はい、すんません!」
とりあえず謝る桃矢。なぜ怒られたのか、理由がわからない。
「我らのような下々の者に、ご自身の糧を自らお与え下さるとは!」
びしりと敬礼しているミウラ。直立不動で涙を堪えている各委員長達。
長テーブルは感動の嵐に包まれていた。桃矢は口を開けっぱなしにしている。
しかし、人に感謝されるのは気持ちのいいもの。それにちょっと自慢。桃矢は頬に熱い血が通うのを感じながら、桃果に目を向けた。
桃果も桃矢を見ていた。笑って桃矢を見ていた。桃果とっておきの営業スマイルだった。
桃果がこの笑みを浮かべるとき。それは打算ずくの時。何かある。そこまで考えが及び、桃果の真意に気付いた。桃矢の脳裏に、ある入り口に立っているイメージが浮かぶ。
王座への入り口。
既成事実として、桃矢は自分をゼクトールの王と認める発言をしてしまっていた。
自らの手で、よりいっそう後戻りしにくくしてしまった!
桃矢は、自分の顔色が変わっていくのを実感した。それは、桃果が腹を抱えて笑っている事からも、うかがえるのだった。
次回、8.神よ!
物語は一気に宗教問題へ(嘘)!