6.記念写真
「このままでよろしいのですか? トーヤ様!」
大きな声が閣僚の中から上がった。フリル付きの赤い水着が可愛い十六才の財務委員長、マープルである。
「ありがとうございますトーヤ様。財務を預かる者として心よりお礼申し上げます!」
両手を祈りの形に組み、目から涙を溢れさせるマープル。何度も頭を垂れる。
「え、泣くこと? そんなに今の水着が気にいっ――」
桃矢の足を桃果が強く踏んだ。
「財務委員長が感謝することと言えばお金の話ですよね?」
桃果が肩で桃矢を押しのけて前に出た。笑顔のまま、しかし眉がつり上がっている。何かに気がついたようだ。
「制服を一時に何百着も替えるには、まとまった金額が必要よね?」
「あ、そうか!」
そこまで言われて桃矢も気付いた。桃果の後ろで。
気付くのが遅かった。気の付かない男と思われるかもしれないと軽い後悔が立つ。
それにしても、桃果は異様に頭の回転が速い。
……桃矢の頭を押さえるため限定だが。
「桃矢は……いえ、桃矢様は、無駄に財政を支出するなと言われているのです」
「トーヤ様!」
花が咲いたような笑顔を浮かべるマープル。
そして口々に謝意を唱える女の子達……もとい、各閣僚。桃矢、モテモテである。
桃果の機転が桃矢の面目を立たせた。
感謝! した瞬間を計ったかのように、ちらりと振り返る桃果。目が……イタチ目をした瞳に「貸し」の二文字が浮かんでいた。
引き替えに、桃矢は女の子……もとい、全閣僚の信任を得たと考えればいいはずだが、それにしては借り入れた金額が大きすぎる気がする。
「ではみなさん、せめて胸の谷間だけでもお出ししましょうか?」
ジェベルは胸に手を掛けたままだ。真剣な顔をして同僚達に相談を持ちかけた。
「谷間かー、……ジェベルさんに比べられると、ちょっと辛いんだよなー!」
国土交通委員長のエレカが早速行動に出た。ボーイッシュな彼女。蒼い競泳水着の胸元に手を乱暴に差し込んで、ごそごそしている。何をつかんでいるのだろうか?
「……」
無言でペールブルーの水着をはだけていくミラ。マープルの言葉を額面通り受け取ったのだろう。薄水色の目が虚ろなのは動揺のせいか、それとも元々の性格によるのか?
「トーヤ様の命とあらばこのミウラ、軍人として一命をも投げ打ちましょう!」
顔を朱に染め、勢いよく胸元をはだけるミウラ。彼女は、十七才とは思えない質量感の持ち主だった。
あっという間に中高一貫校の女子更衣室と化した国王執務室。
どこの神様かわかりませんがありがとうございます。桃矢は神の奇跡に感謝し、一生ついていくことを誓った。
「いえ、それほどでも」
「え?」
桃矢の思考を読んだとしかいえないタイミングの相づち。いったい誰が……。
「待ちなさーいっ!」
大声を張り上げたのは桃果。神の威光を地べたに引きずり下ろす悪魔の咆吼!
顔を赤らめた者、自慢顔やどこ吹く風の者、全てが脱衣を中断。桃果に視線を向けた。
「国王がいつ、ぱいぱいを放り出せと言いましたか?」
怖いくらいに平常で冷徹な声を出す桃果。
「ふんっ! トーヤ様のお付きだかなんだか知らねぇが、桃果様? あんた、胸の谷間もねぇ小娘なのかぃ?」
可愛い谷間を放り出したまま、詰め寄るエレカ。腕を前に組んで寄せ、強調している。
「ふっ! よくいるのよね。胸を放り出すだけが色気と勘違いしてる小娘って」
両手の平を上に向け、ヤレヤレのポーズを作る桃果。
「んだとぉー!」
袖まくりのポーズで詰め寄ろうとしたエレカ。それを押しとどめるミウラ。
桃果はエレカを挑発するように、芝居っけたっぷりに話し始めた。
「あらあら、見せた後はどうするの? それ以上、なにを見せるの?」
「何って……そ、そそそ、それをここで言わせるのか?」
額に汗を浮かべるエレカ。言葉に詰まる。
言ってくれ、その単語を! 神よ、魔神に負けるな! 神に祈る桃矢であった。
「お下品ね。おほほほほ!」
桃果は芝居気たっぷりに笑いながらクルクルと回転。ビシリと人差し指をエレカに突きつけて回転を止めた。
「見せてしまえばお終い。見せずに魅せる、という意味が解る? 桃矢陛下は脱げとはおっしゃってない。その意味、わかるわよね? 男と女の高等な遊びよ。まさか、エレカ委員長ほどの女性が、桃矢国王陛下をそこら辺の男と同列に扱ってないわよね?」
出来の悪い生徒に教える女教師よろしく、人差し指を立て、ゆっくりと左右に振る桃果。
「な、なるほど! わたしは恐れ多くもトーヤ様を見くびっていたことに……くっ!」
エレカは力なく床に膝をつき、うなだれる。見かけや態度に似合わぬ素直な性格だった。
一方、桃矢も神の無力さに絶望し、背中を丸めてうなだれていた。
「ハイハイ、みんな元通り水着をなおして! 規律の乱れは服装から。注意しましょう!」
着衣を乱す音と直す音。同じ衣擦れの音であるのに、あまりに大きな違い。自分の思考力が回復していく様に無情を感じる桃矢。また一歩大人になった気がした。
そして、大人になった桃矢は開き直っていた。
「もう一つ疑問があるんですが」
ものはついで。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という諺が、桃矢の頭の中をぐるぐると舞っている。
「これも最初から思ってたんですが、みなさん、なんで日本語を流暢に話せるんですか?」
「そういえばそうね。いままで気にもかけなかったけど」
剛気な桃果はさておき、ここまでの会話、全て日本語である。
「トーヤ様が次期国王と承認された時、ゼクトールの第二公用語を日本語に制定したのです。それからの我らは、一日二十四時間を二十五時間の猛勉強をして日本語をマスター致しました」
皆、一様に胸を反る。ジェベルはもとより全委員長が胸を突き出す。九対十八房の誇り。
壮観である。
神はまだ、桃果に滅ぼされたわけではなかった。桃矢は神の無事に安堵した。
「わたくしは無事です。どうかご安心を」
今、桃矢は確かに神の声を聞いた。
「ではこれより、新政権誕生による記念写真を撮りまーす! その後はみんなそろって朝食ですよー! はい並んで並んで!」
ジェベルの号令の元、呆然とする桃矢を中心として、わらわらと集合する委員長達。
ちゃっかりと桃矢の隣に位置し、爆笑中の桃花を筆頭に、みんな笑顔で写真に収まったのだった。
次回、「王座」
王の権限とは?
王の栄光とは?
…「玉座」になるかもしれない。




