41.エターナル・キングダム(最終回)
一枚の写真が王宮の焼け跡に落ちていた。
朝の潮風にふるえる一枚の写真。
桃果の白い手が、縁を焦がした写真に伸びる。
「この写真、焼け残ってたのが奇跡ね」
写真を拾い上げた桃果は、ふうと息を吹きかけて埃を落とした。
全十一人。
ウハウハ政権樹立を記念した、九人の委員長達との記念写真だ。
中央に収まっているのは、高校の夏服を着た桃矢と桃果。
「まあね。入れ物がなくったって人がいればどうにかなるさ」
桃果と同じく、めぼしい物を拾い集めている桃矢。
バックパックを片方の肩に掛けた姿が浮浪者風だった。
戦いよりも、戦いで受けた傷をなおす方が辛くて長い。
各位委員長達は、悲惨な様子に呆然としていた。
なにから手をつけていいのかわからないのだろう。
ジェベルがのんびりとした声で喋る。
「椰子の木は無事だったようですね。なぜこんな大事な攻撃目標をケティムは放っておいたのでしょう?」
彼女が見つめる方向。つられてみんな目を向ける。
傷一つない椰子の木の林が広がっていた。
エレカが椰子の木の幹に拳をくれる。
「確かに。ケティムの連中、箱物ばっか破壊してやがったが、なぜだろう? 俺たちだったら、真っ先に敵の椰子の木を焼くか、持って帰るかしただろうにな」
エレカが笑いながら見上げる先は、鈴なり状態の椰子の実群。
「これさえ残っていれば、飲料水の心配はありません」
農務委員長にして国民の福利厚生を担当するノア。緩く微笑んでいる。
ゼクトールだけでなく、南の島国は、椰子の木が衣食住の中心となっている。
その昔、南海では、無人島に椰子の木を植え、充分に茂ってから移住したものであったそうな。
「なるほどね。発電所や滑走路や、まして王宮に、どれだけミサイルを撃ち込んでも、それはとんだ無駄にして物資の浪費。椰子の木さえあれば、この国はやっていける。ケティムは最初から攻撃目標を誤っていたみたいね。ホホホ、馬鹿な連中!」
桃果が無邪気に笑う。
「うーん。ファムが出てこなくったって、僕らゼクトールは勝っていたかもしれないな。ま、いいさ。全てはここから始めよう。明日は明日。今日は今日」
のんびりとした指示を出す桃矢。笑顔だった。
「それもそうですわね」
ジェベルが柔らかい笑みを浮かべた。
残りの委員長達と神官長は、つられて笑い出す。
明日のことなんか気にしない。今、生きていればそれでよし!
未来って何? それがゼクトール気質!
「ねえ桃矢……」
桃果が桃矢を見る目が優しい。
「なーにー?」
間抜けな声で答える桃矢。桃果の眉が急に厳しくなる。
「あんたに無いものを求めたあたしが馬鹿だった!」
「トーヤ陛下! 桃果様! 大変です! 一大事です!」
最悪の空気中に、息せき切って走り込むミウラ。
ミウラは事後処理のため、地下司令部に残っていたのだ。
彼女らしくない。髪を乱し、頬を赤らめ、眉を下げ、泣きそうな目をしている。
「ミウラさん?」
脈略のない期待に胸をときめかす桃矢。
「トーヤ陛下、合衆国海軍所属の空母打撃群が南下しています。航路の延長線上にはゼクトールが!」
桃矢の肩から、バックパックが滑り落ち、どさりと音を立てて地面に転がった。
「合衆国のオイルメジャー、エリミネタ・ボネビル社との契約履行を確認する。というのが艦隊派遣の理由です」
また、ミウラから始まった。
「そんなバカな! 契約書はまだこちらの手にあるのに!」
我に返った第一号は桃矢だ。
「先王との契約書の存在を合衆国国内の裁判所が認めたとか、契約を履行する法案が通ったとか言ってます。ゼクトールには、政治を引き継いだ現政権に契約履行義務があると、合衆国議会が決定したそうです」
ミウラの息が徐々に整ってきた。元の落ち着いた口ぶりに戻っていく。
「ふふふふふ、世界最強国家たる無茶振りっぷり。……上等じゃないの!」
桃果の目が精気で光り輝く。徐々に口が笑いの形に歪んでいく。
「契約書は、神殿最下部に秘匿しなさい!」
「はい!」
桃果の命に、ミウラが敬礼で答える。
「ウハウハ政権の国際的な承認はまだったわね? クーデターよ。現体制の破棄をうたって、桃矢新国王の元、新国家を樹立したって事にして、過去のしがらみを精算するわ!」
反則技である。いや、詭弁。むしろ悪党!
ケティムが作ったがれきの上へ、身軽に飛び乗る桃果。
くるりと振り返り、檄を飛ばす。
「今この時より、我がゼクトール王国は、バカ桃矢陛下の元、『武装戦闘国家ゼクトール非民主的絶対君主主義国』と改名! 同時にスターダスト・クラッシュ作戦発動! 来るなら来なさい世界最強艦隊! ゼクトールに手を出すとどうなるか、全世界に思い知らせてあげるわっ!」
演説というより、叫びである。
桃果は叫びながら握り拳を振り上げる。
「悪役上等っ! われら、武装戦闘国家ゼクトール!」
九人の委員長と神官は桃果に習い、声を張り上げ、可愛い拳を天に突き上げる。
「えいえいおー!」
トップギアー、アンド、フルスロットルの桃果。そしてゼクトール人はノリのいい国民性が特長。
この組み合わせは無謀にして無敵。
「やれやれ」
クロスレンジ気味の桃矢は、溜息を一つ付いた。
そして、片手で前髪を掻き上げる。顕れるのは額に光る青き星。
風に前髪をたゆらる桃矢。ほのかに青く輝く額の一点。
「クシオさん!」
耳に手を当て、意識を集中する桃矢。
『ラー・デュー!』
桃矢の頭の中、聴覚原野にクシオの声が響く。
「さっそくクシオさんに働いてもらうよ。合衆国艦隊を君の目で補足しておいて!」
『了解しました。全力で働かせていただきます!』
気のせいか?
感情のないクシオが、嬉しそうに答えたように見受けられたが?
少し離れた場所で、何度目かの気勢が上がった。
迫る危機。突き上げられた拳。
桃果は太陽のように輝いている。
「父さん、母さん。盆と正月には遊びに行くからね」
日本へ帰るのではなく、日本へ行く。そんなふうに北の空へ語りかけた桃矢。
気がつけば、いつもの平穏な繰り返しが終わっっていた。
いつもの終わりが終わりを告げた。
おもむろにバックパックを拾い上げる桃矢。
ここに来るときは持ってなかった荷物。
でも今はとても重い荷物を背負っている。
しかし、今の桃矢は、その重さがとても心地よかったのだった。
おしまい
だらだらと際限なく続くお話は嫌いです。
どこかで終わらなければなりません。
これくらいがちょうどよいのではないでしょうか?
本編のお話は、これでお終いです。
最後まで読んでいただいた数少ない読者の皆様、
ほんとうにありがとう!
またすぐに会えると思います!