40.バトルドール
「あたるっ!」
砲弾は、アルトの乗る駆逐艦まであと四百メートル。
と、砲弾は、いきなり発火。
粉微塵となって、空中で砕け散った。
「え?」
桃果とミウラが声を揃えた。
助かった事より、事象の理解へと頭が働こうとしたのだ。
正面スクリーンの右横で、二回り小さいサブスクリーンが開いている。
映し出された画像はファム・ブレイドゥ。水中より上半身を突き出していた。
彼女が飛行中の砲弾を打ち落としたのだ。
海水を滝のごとく豪快に散らせ、急速上昇していくファム・ブレイドゥ。
ファムが飛び立った跡の海面には、巨大な王冠が津波のように広がっていく。
間近で対潜攻撃にあたっていた三隻のフリゲート。濁流に揉まれる木の葉のようだ。
そんな些細な出来事を意にとめた感のないファム。
彼女は、空中の一点で静止する。
それは制動距離ゼロの停止。
慣性の法則により、ファムの身に付いていた海水が、頭上へふわりと舞い上がり光を散らす。
ファムのボディから、夜目にも美しい羽衣が広がった。
美しさとは裏腹に、横柄に見下ろすのは、炎よりも紅き瞳。
求めし物は、ただ一つ。
再生のため、滅びを与えるべき無力な羊の群れ。
クシオから報告上がる。
『サー。ファム・ブレイドゥが、ステルス・シールドを展開しました。電波、音波、光学、熱波長、次元波動遮断。視覚ステルスは待機の模様』
「や、やったーっ!」
一気に湧き上がる司令部。桃果とミウラが手を取ってはね回っている。
「ファム・ブレイドゥ、防御態勢解除。攻撃態勢へ、モード移行」
声は後ろから聞こえた。誰の命令か? 振り返る桃果。
左の頬を赤く腫れ上がらした桃矢が立っていた。
『ラー・デュー。命令者を総司令と認定。これより第一種攻撃態勢に入ります』
復唱する声があった。クシオの声ではない。気持ち舌足らずな女の声。ファムの声だ!
「戦の神にして、全ての存在を否定する炎の女神、ファム・ブレイドゥ様!」
イルマが指を祈りの形に組んでいた。神官長としての条件反射であろう。
そして桃果は――。
「桃果、痛いよ」
「桃矢? 桃矢なの?」
桃矢に抱きついたまま、桃果は眉を寄せて桃矢を見上げた。
「ゼクトさんがね、僕に譲ってくれたんだ。総司令だってさ」
唇だけで笑う桃矢。はにかんだ笑いに最も近い。
桃矢は思い出していた。
ゼクトが桃矢に言った言葉を。
『人生で一番楽しい時はね、守りたい人のために、震える足を無理に抑えている時なんだよ』
照れ隠しに笑うゼクト。額には星形の青いホクロ。
そして、頭頂ではバカ毛が一本揺れていた。
視線を現代に戻す桃矢。
全委員長の視線を一身に集めていた。
「なるほどの。『総司令』であるゼクト神王には、戦闘指揮権があるのだ。地下神殿での青い光。あれは桃矢を正当な総司令後継者と認めた証だったのだ。隔世遺伝かもしれんの」
子供っぽい仕種で小首をかしげるイルマ。
「先祖返りってヤツ? あるいは単細胞なだけ? いずれにしても桃矢らしいわね」
背伸び感がある桃果。いつものキレがない。
二人の会話をめざとく聞きつけた桃矢が、言葉の応酬に終止符を打った。
「それはどうかな? ま、それはそれとして、ここは僕に任せてもらおう」
桃矢は口元から笑みを消し、震えている自分の足を強くはたく。
そして、片手で前髪を掻き上げた。
顕れるのは額に光る青き星。
存在しないはずの風に、前髪をたゆらせる桃矢。額の一点が狭い部屋を青く照らす。
「ファム! 第一目標、敵空母。続いて第二目標、その他敵戦闘艦艇。ただし、味方の兵が乗り込んだ揚陸艦と駆逐艦、それと戦力外の輸送船は対象外。人命を尊重。兵器だけを破壊しろ!」
歯切れ良く命令する桃矢。桃矢らしくない凛とした声。
だけどそれが頼もしい。
『ラー・デュー。第一目標、敵空母。続いて第二目標、その他敵戦闘艦艇』
舌足らずだが嬉しそうな声が答える。
『デュー。ケティム戦闘艦八隻より実弾攻撃、速射砲です』
ファムの無邪気な声が、狭い司令室に響く。
「善処してください」
淡々とした口調で命令する桃矢。
対して、ファムは上下左右にステップを踏み、砲火の間隙を縫っていく。
所詮、ファムがレーダーに反応しない以上、目視による射撃。かわすのは容易い。
再び、ファムより報告が入る。
『光波ミサイル、用意完了。着弾目標部位レベル、マイナス三』
桃果達の目がファム・ブレイドゥの二の腕へと注がれる。
左右の腕外側に複数の赤い光点が現れたのだ。
徐々に赤から黄色へ、黄色から青へと変化しながら、光源が大きくなる。
『デュー。ファム・ブレイドゥ、一斉総射開始しました』
クシオがピンカーと共に戦況を報告した。
十五の青白い光が、夜空に十五本の個性的な放物線を描き、各々の得物と繋がる。
光のスピードである。放物線の始点はファム・ブレイドゥ。終点はケティム戦闘艦。
空母の横っ腹に大穴が空く。
駆逐艦二隻とフリゲート十一隻が、後部もしくは舷側に穴をあけ沈黙している。
穴が空いただけで爆発や火災は起きていない。
舷側に大穴を開けた空母が大きく傾いていく。
いったい幾つの隔壁をブチ抜いたのか?
艦載機の発着はこれで不可能。ケティム航空戦力は消滅した。
ぐるりと見渡せば、艦首を高く天空に突き出してもがく駆逐艦。横倒しになっているフリゲート。吃水が異常に上へ来ている兵員輸送船。等々。
まともに浮いているのは、アルトが占拠した通常型揚陸艦と、ジバ隊が暴れている駆逐艦一隻だけだった。
これで十五本中、十四本の光がケティム水上艦艇に突き刺さったことになる。
差し引き一本。残りの一本は海面に突き刺さり消えていた。
遅れて海中から黒い固まりが浮上。潜水艦だ。
見事なまでの短時間で、乗組員が潜水艦より脱出。
潜水艦は、見る間に海中へ没し、二度と浮き上がる事はなかった。
ケティム共和国ゼクトール派遣艦隊はここに壊滅した。
『デュー。敵艦隊による驚異消滅。待機モードに移項します』
ファムの言葉をきっかけに、指令部内に喚起が湧き起こる。
隣の子と握手して喜びを表現する者や、ストレートに抱き合って喜ぶ者。
黄色い歓声一色に埋め尽くされた。
「やった! 勝利は我らのものに! これも、あたしの日頃の行いが良いおかげよ!」
指令席で、桃矢の眼前に立ちはだかり、早くも反り返って勝利を宣言する桃果。
桃矢は、迷惑そうな顔をして、彼女の横からスクリーンを覗き込んでいる。
「なるほどの。それで納得いったのだ」
歓喜の外で、イルマが唇の端を歪め、シニカルな笑みを浮かべていた。
それは否定的な笑いではない。大人っぽくカッコつけるための笑み。
「地下神殿で、認証装置が青く光ったときは、正直驚いたのだ。あの儀式は、本来タミアーラの総指揮権の認証式なのだ。赤い色は否定の意味。つまり、歴代の王共は、タミアーラに存在する五つの独立したコンピューターに否定され続けてきたのだ」
司令部ではジャンプ・アンド・ハイタッチが流行していた。
「来る者を拒まぬのがゼクトール。それはゼクト神王の懐の深さ。だがその結果、混血が進み、王家の血が薄れた。つまり、遺伝的な共通項が無くなっていったということなのだ。よって、いつの頃からか、クシオ殿達コンピュータの認識装置がゼクト神王の血縁者と見なさなくなった」
とびきりの笑顔を浮かべて、桃果が桃矢の首を締めていた。
「トーヤが認証装置を覗いたとき、青く光った。それはトーヤを後継者と認めた証。おそらく、タミアーラ内の独立コンピューターが五つとも、トーヤとゼクト神王の共通性について、かなり多くの共通点を見つけたのであろう。ゼクト神王の子孫と認定したのだ」
桃矢が桃果の絞め技から辛くも脱出し、大きく喘ぐ。逃げるようにして歓喜の輪から這いずり出た。
「まあ良いのだ。勝ちは勝ち。今は喜びに浸るとするのだ!」
年相応の顔で、桃矢の抜けた穴を埋めに行くイルマ。
早速桃果につかまったのだった。
お祭り騒ぎの司令室。一人、桃矢だけが何かを考えていた。
戦争が終わったわけではない。区切りが付いただけだ。
なにせケティムの艦船が沈んだだけで、兵士達の損失は少ない。
ケティムが、そして世界がゼクトールの海底油田を諦めるわけないだろう。
さて、どうやって句読点を打とうか? ゼクトならどこへ落とすだろう? 解らない。
だったら、僕ならどう落とすか? もっと解らない。
ゼクトール人なら……。
そして、桃矢は苦笑いを浮かべる。
するべき行動を思いついたのだ。
それは、物怖じしないゼクトールらしい行動。
「クシオさん、ケティム兵へ向け、変声の上、音声伝達。ファムの声を使ってください」
スクリーンに向け桃矢が命令を発する。
「なにをする気?」
いやな予感に駆られる桃果。
せり出してきたマイクを手にした桃矢に聞いた。
「幕は綺麗に引かないとね。コホン!」
咳払いしてマイクを手にする桃矢。
『もはや汝らに抵抗する術はない。潔く負けを認めよ。さもなくば、全員、地獄へ引きずり落としてくれる! 言っておくが、汝らの顔は全て覚えた。逃げることはかなわぬ。ゼクトールに手を出したこと、生涯かけて後悔するがよい!』
機械変声しているのに、声色を変えて演説する桃矢。
桃矢は白い歯を見せてニッと笑い、桃果に向かって親指を立てる。
それが、真の勝利宣言であった。
次回、最終回
「エターナル・キングダム」