39.砲撃。
再び、ゼクトール中央司令室。
白目を剥いている桃矢をよそに、桃果たちは喧噪の中にいた。
『サー。ファム・ブレイドゥ、防御体制に移項。こちらからの攻撃指令拒否』
どの世代のコンピューターも、こういう物か。どこか他人口調のクシオだった。
三隻のフリゲートを残し、ケティム艦隊はゼクトール本島へと艦首を向ける。
残されたフリゲートは、対潜能力を持っているタイプだった。ファムの沈んだ海域で、盛んに対潜攻撃を行っている。
「ちょっと! 超近距離とはいえ、ケティムはレーダー管制射撃をしていたわ! ファムはレーダーに映ってたの? ステルス機能の一つくらい、気を利かせてつけられなかったの? せっかくのズル能力は、なんだったのよ!」
イルマに向かって口角泡を飛ばす桃果。これは八つ当たりだ。
「その方、予が軍事の専門職だとでも思うておったか? もう一度言うが、予はクシオ殿の末端とはいえ、あくまで艦内環境の権限しかないのだ。クシオ殿というワンクッションを置かねば、ファム・ブレイドゥ様を動かすことはできぬのだ!」
打つ手のないイルマ。迷惑そうに桃果側の片眼を細め、腕を組む。青い顔色がより青い。
「むぅーっ!」
桃果は黙り込んだ。言われてみればその通り。イルマの専門職は神官で、戦争、特に近代戦は無知に等しい。
ミウラの意見でも聞こうかと、顔を動かす桃果。出迎えたのは、九対の不安そうな瞳。
先ほどの覚悟は何だったのか?
責めはすまい。なまじ逆転の可能性を見いだしたのだ。張りつめていた気が緩んだゼクトール首脳部は、年相応の子供に戻っていた。
アマチュアであるが、この中で一番戦闘に詳しい桃果が感情的になってはいけない。
しかし、打つ手が見あたらない。見あたらない以上、探すか作るしかない。
桃果は、そこまで考えられる女の子だった。
何のことはない。このような空気には慣れていただけだ。
桃果の家庭はずっと前からグチャグチャだった。程度の差こそあれ、八方塞がりの修羅場という経験は多く積んでいた。
桃果から、いつものふざけた空気が消えた。
答えのない問題に挑んだところで時間の無駄。現在、打開策のヒントがないのだから答えは出ない。
ならば、残ったのは心の問題。これは解決できる。
まず、自分が冷静になる。次に両親を、……いや、この場にいる人々を落ち着かせる。
「一旦、状況を整理しましょう」
桃果は、すうっと深呼吸して、頭の中のメモ帖を開いた。
「敵駆逐艦三隻の内、一隻はジバ対が占拠。フリゲート十一隻の内、二隻はジバ隊に対処するため、側近で待機中。三隻がファムに対して攻撃中。空母は後方待機中。自由に動ける敵艦艇は十五隻中八隻にまで減ったわね」
僅かに空気が柔らかくなる司令室。
その空気を読んで、桃果は言葉を続けた。
「一方、敵上陸部隊だけど、北側海域より上陸した敵海兵隊は歩兵を残して全滅。ファムのおかげよ!」
戦神ファム・ブレイドゥの名を聞いて、さらに空気が明るくなる。
「現在、敵残存部隊は、支援のないまま我が陸軍と交戦中。戦線は膠着しているけど、地の利は我々が有利。司令部より敵情報を伝達しなさい。奇襲や迂回作戦取り放題。なにせこちらが主導権を握っているんだからね!」
頷くミウラ。顔色が良くなっている。
「敵上陸部隊の主力である大型強襲揚陸艦は、アルト隊によって占拠中。これ以上、敵兵力の増援はないわ!」
ミラ以外、頷く。
「今現在をもってすれば、まだまだ戦況はゼクトール優勢!」
勝てるかもしれない! 明るい顔になる一同。胸をなで下ろしている者もいる。
……一方、本島へ向かった艦船は駆逐艦二、フリゲート六。
艦砲射撃だけで、ひっくり返される。これは意図的に言わないでおく。
「やはり急所はファムね。あれを自在にできない限り、こちらに勝ち目はないわ」
小声でイルマに話しかける桃果。
対して、片手を振って否定するイルマ。
「これ以上、予では無理なのだ。クシオ殿! ファム様はまだ動けぬか?」
『サー。ファム・ブレイドゥ、防御態勢に入ったまま固定。独立起動のため、こちらからの干渉には制限があります』
つまるところ、クシオとファムは横並びのシステムで動いている。
クシオに優位性がない以上、ファムに対する強制力はない。
「例えるなら、二人は同じ会社に勤める同僚の間柄ね。で、一人働きをしている間は、同僚からの指示は受けない、ってわけね?」
桃果にできることはここまでのようだった。
――そしてピンカーが鳴った。
『サー。敵艦隊より、アルト隊占拠の揚陸艦に対し、威嚇艦砲射撃。挟撃されました』
冷静さを無くした表情で桃果を振り返るミウラ。
それは、目標位置を正確に測定したという警報である。
つまり、第三弾が高確率で目標艦に着弾するという意味でもある。
「これはただの威嚇射撃よ! 揚陸艦にケティム兵が乗っている限り攻撃はないわ!」
桃果はミウラを安心させようとした。
ケティムの武器システムなら、挟撃などせずとも一発目から目標に着弾できる。これはケティムよりの脅し。
なにより現在の急所は、敵艦隊よりの直接攻撃。
対艦攻撃と対地攻撃に使われ、形勢は一気にケティムへと傾く。
『敵艦、主実弾砲の照準を味方揚陸艦に固定。外的要因がない限り、揚陸艦は被弾します』
「お父さん!」
ミウラが小さく叫んだ。
「ケティムは味方兵を見捨てたのね。やっぱり、ファムを何とかしなければ!」
父という存在。家族を心配するミウラに、桃果は過剰に反応する。
横を見れば、口を開けたままだらしなく眠りこけている桃矢がいた。
「たしか、桃矢のミトコンドリアも……」
王としての桃矢。額のホクロ。地下神殿での青い光。
桃果の頭の中で、それらの事象が一直線に繋がった。
ほとんど脊椎反応で、桃果の拳骨が桃矢の顔面に炸裂する。
「起きなさい、桃矢!」
桃果の神経に冷や水を浴びせるように、クシオのピンカーが鳴った。
『敵駆逐艦、強襲揚陸艇に向け発砲』
声にならない声を上げるミウラを見る桃果。
それは家族の喪失。そして思考停止。
桃果の体は動かない。桃果の一番恐れていたことが起こった。
着弾までの時間にして数秒。物理法則に基づいた放物線を描く百ミリの実弾。桃果達の目には見える。心の目ではなく実際に肉眼で。
正面スクリーンは、それを絵で捉えていたのだった。