38.されど航行に支障……。
「あれがファム・ブレイドゥ……」
桃果が言葉に詰まった。
空間を渡り、稲妻を割って赤い炎が出現する。
火の鳥と見まごう縦長の巨大なフォルム。
力そのものが具現化した姿。
豊かなバスト。くびれた腰。
……。
張り出した臀部。すらりと伸びた長い足。繊細そうな細い指。
たなびく髪は、燃えるような赤い色。整った白い顔は幼女のよう。
そんな人型が、白くて細い両腕を左右水平に伸ばし、宙に浮いている。
『三百メートル級恒星間航行用超バルス級破壊型戦列宇宙戦艦ファム・ブレイドゥ。戦術レベルマイナス三にて戦闘準備完了』
そこにいたのは、身長三百メートルの巨大な少女。
「あたし知ってる。これロボットって言うのよ!」
右眉を極端に吊り上げた桃果が、感情のこもってない声で朗読した。
巨大な女性型ロボット。しかし見た目、表面は柔らかそうだ。関節も剥き出しじゃない。皮膚っぽいのに覆われていた。
……オレンジ色したワンピースの水着を着ている様にも見える表面塗装が徹底している。
それに桃果は、見覚えがあった。
「てか、地下神殿にあったファム座像?」
今から思えば、地下神殿の四神像の安置空間。
四神像が本物のタミアーラ艦載兵器だとしたら、あの空間はリボルバー式格納庫だったのかもしれない。
一方、突然出現した巨大フィギュア……もとい、宇宙戦艦に、心なしか腰が浮いているように見えるケティム艦船。
『サー。兵器選択レベル、マイナス四。生態系維持優先。対エーテル消滅砲並びに、空間凍結砲への回路遮断。ファム・ブレイドゥ第一種戦闘準備完了。攻撃目標指示願います』
気持ち冷たい語調のクシオ。突き放した感がある。
「てか、なんだかマニュアル操作っぽくない? いちいち目標を詳しく指示しなきゃファムちゃんは働いてくれないの?」
不満顔の桃果。
「不満を申すでない! 神官長の権限ではこれが限界なのだ!」
むくれ顔で切り返すイルマ。柔らかそうなほっぺたが膨らんでいる。
「ところでっ! どれから攻撃すればよいのだっ! 桃果が優先順位を示すがよいっ!」
怒りながらも桃果に指示を仰ぐイルマであった。
「第一目標はエアークッション型揚陸艇! 第二目標は敵戦闘車両よ、このド素人!」
「だそうだのだっ!」
『サー。了解。第一目標、北側海岸に展開した敵揚陸艇群。第二目標、敵戦車群』
そこはかとなく、対応に冷たさを感じるクシオであったが、ファム・ブレイドゥの戦闘が開始された。
ミョーイ島周辺に展開する、敵主力艦隊に向いていたファム・ブレイドゥが、ゆっくりと向きを変える。
ゼクトール本島北側より進入したケティム上陸部隊に向けて。
『ファム・ブレイドゥ、ソリトンバスター発射します』
正面スクリーンに映るファム・ブレイドゥの右大腿部外側、一点の空気が揺らいだと思った次の瞬間、左サブスクリーンに映っていた揚陸艇がバラバラになった。
まるで、砂で作ったホバークラフトの模型が、波によって砕けるようなシーン。
水しぶきを上げ海中に放り出される兵士達が見える。彼らの周囲に舞っている小さな破片は、携帯兵器のなれの果てだろうか?
何が起こったのかわからない敵兵士たちがいた。
「敵兵共、恐慌をきたしてなければよいがの」
懐手で、ぼそりと呟くイルマ。
「ファム先生すごぉーい!」
とうとう桃果が、ファムを先生呼ばわりしだした。
「なんて威力。つーか、ゲーム開始直後の勇者と、ラスボス程の力の差ね。もちろんファム先生がラスボスよ」
桃果のたとえにも程があるが、二者間の格差は紛れもない。
「敵戦車の残りが、いきなり粉になって砕けた、と報告が入りました!」
エレカの報告。揚陸艇と同じ運命が戦車を襲ったのだろう。
これで、ゼクトール義勇軍の危険が大幅に減った。
『サー。次の目標を指示してください』
「第二目標、敵戦術航空巡洋艦。続いて第三目標、その他敵戦闘艦艇。ただし、味方の兵が乗り込んだ揚陸艦と、駆逐艦は対象外よ! それと、もう少し見栄えのする攻撃しなさい! ショボい攻撃だと心理的効果が薄くなるわ!」
「という事なのだ、クシオ殿!」
司令官気取りの桃果と、なんとかイニシアティブを取り戻したいイルマが、せめぎ合う。
と、その時、クシオからの報告が上がる。
『ケティム艦隊より攻撃』
駆逐艦から火線が伸びる。百ミリ単装砲が連続して火を吐く。
対して桃果は高笑いで答えた。
「オホホホホッ! 超越オーパーツテクノロジーの粋を集めた絶対無敵マックスのマッハ美麗暗黒破壊神ファム様に、なまら原始的な攻撃が当たるとでも思って? ホーッホホホ!」
『ファム・ブレイドゥに直撃弾・四!』
ファムの脇腹と肩口に赤い花火が四つ咲いた。ぐらりと姿勢を崩すファム。
「ああーっ! ちょっと! ファム先生、なにやってんの!」
桃果は悲鳴を上げた。
続いて、駆逐艦とフリゲートから飛び出した複数のミサイルが、容赦なくファムを襲う。
全弾命中! 派手な爆光が幾重にも咲く。
ファムの姿は炎の中に隠れてしまった。
「これくらい何ともないわーっ! って言いなさいクシオ!」
『サー。姿勢制御に介入。……姿勢制御できませんでした』
「あいゃうえぃ!」
両腕を万歳の形にして、感情表現する桃果。
ファム・ブレイドゥは、炎と煙を引きずり、背中から海に落下。巨大な水柱を空に突き立て水没。
後は、くだけた水柱が豪雨となって降り注ぐだけ。
桃果をはじめ、各委員長達は、唖然として口を開けたままだった。
一方、桃矢は……。
正面スクリーンに映し出された地球が、どんどん大きくなっていく。
ブリッジ要員は、なとか船を青い星の周回軌道に乗せようと、忙しく動き回っている。
どうやらタミアーラとその乗員は、未曾有の危機に直面しているようだ。
桃矢の眼前で指揮を執っているのは、ゼクト総司令であろうか? こんな状況でも背筋を伸ばして立っている。
背はそんなに高い方ではないが、その凛とした後ろ姿が頼もしい。
大型スクリーンの半分を青い色が埋めていた。もうあまり時間がない。
「通常空間航行用機関出力、三十パーセントにまで低下! どんどん下がっていきます!」
黒髪に黒い瞳のミラ。よく通る声を持つ女の子だ。
その後方に座る、長身のイルマが報告する。
「慣性消去システム、レッドシグナル! 全てを吸収できなくなりました!」
船が揺れだした。
「あまりにも旅が長かった故の不調ですね。動力機関を整備する時間も設備もなかったからには、これもまた致し方ないこと」
副長席のジェベルがコンソールにしがみつく。落ち着いてはいるが、顔色が悪い。
「着陸を強行する。機関出力、全て物理スタビライザーに回せ」
ゼクトの声は大きくてよく通る。
しかし、叫んでいるのではない。
通常航行中にちょっとした指示を出しているかのように落ち着いていた。
船の不調による揺れは、頂点に達しようとしていた。
すでに、何かにつかまってなければ、座っていることもままならない状態。
一秒ごとに、激しさを増していく振動。
前方、船外を映し出すスクリーンが朱に染まる。
「惑星ブルーの大気圏へ突入しました。軌道は計算通りですが速すぎます! 制動まったく利きません!」
エレカの指が航行指示パネルの上を忙しく動いている。
みんな今と少しずつ違う。ここにいるのは全て別人なのだ。
「上部姿勢制御ノズルを使え。力ずくで軌道を維持する。大丈夫だ。落ち着いて行動せよ」
ゼクトが昔のエレカを励ます。
「だ、だめだよ、ゼクトさん!」
桃矢がゼクトの背に声をかけた。
「この船は墜落するんだ! ゼクトール島に正面衝突するんだ!」
叫ぶ桃矢。だが、ゼクトの後ろ姿は微塵も揺るがない。
突然、桃矢の視覚原野に目もくらむ光景が映し出された。
現在の時間も、ゼクトと共有している過去の時間さえジャンプした第三時間の映像。
タミアーラとの接触で岩塊をまき散らし、その姿のほとんどを喪失するミョーイ島。
沸き立つ水蒸気と、天にまでそびえ立つ水柱。巨大なキノコ雲の下に、割れる海と舞い上がる海底の土砂。
天地創造もかくやの勢いで、巨船タミアーラの船首がゼクト島にめり込んでいく。
夢の中で夢から覚めた桃矢。元のブリッジ、ゼクト総司令の後ろに立っていた。
大気圏突入中の船内は、振動が激しさを増すばかり。
桃矢はあることに気付いた。ブリッジが静かなのだ。構造材の軋む音しかしない。
誰も言葉を発しない。
ただ進行方向である前方を向いて、粛々と機器を操作している。
「なぜ? みんな死ぬかもしれないのに?」
操縦席のエレカが振り向いた。船体防御機器を操作するミウラが振り向いた。
ミラが、ジムルが、マープルが、アムルが、ノアが、サラが順番に振り向いていく。
ゼクトの傍らに立つジェベルが振り返る。
そして……。
そして、ゼクトが振り返る。
桃矢に視線を合わせ、唇を開き、ある言葉を伝えた。
その言葉は――。