37.ゼクトール軍、秘匿戦艦出撃ス!
「で、では今まで誰が?」
衝撃的なミラの証言。桃矢が口を開くまで、司令室の時間は凍結したままだった。
「予なのだ」
求めに応じた解答に、司令室がざわつく。
みんなの視線がイルマに突き刺さる。
「予の正体は、島宇宙間自立航行型移動母船タミアーラのコンピューター『クシオ』の生体末端なのだ」
再び静まりかえる司令室。集う人の顔には「信じられない」もしくは「何の話だ?」の、どちらかのレッテルが貼られていた。
「もう少し詳しく言うと、予の体内にあるミトコンドリア内に設置された、いわゆる流行のナノマシーンが、クシオの末端機なのだ」
目が怪しいイルマ。最年少なのに、年老いた巫女に見える。
「ゼクトーラ家の女達が、代々受け継いできたミトコンドリアが、タミアーラのメインコンピューター『クシオ』と連結しているのだ。そしてゼクトーラ家から輩出した男子、つまり、クシオの末端を持った男が王となる資格を持っておるのだ」
どうだとばかりに胸を張り、腕を組むイルマ・フタフタ・ゼクトーラ。
「この部屋は、ゼブダの用意したものではない。タミアーラの第三戦闘ブリッジなのだ」
スクリーンには、ビーチィングの後、戦車を揚陸するエアークッション型強襲揚陸艦三隻が映し出されていた。次々と重装備の歩兵が上陸してくる。
残念なのは、だれもその驚異の光景を見ていなかったという事だ。
いつものように、一番早く我に返ったのは桃果だった。
「あ、そういう設定ね。はいはい!」
痛い子を見る目をした桃果。
「違うのだ違うのだ違うのだ!」
ぶんぶんと腕を上下に振るイルマ。
「この神殿半島は宇宙船タミアーラそのものなのだ! 予の一族は、身体の中にこの秘密を受け継いできたのだ!」
「全長十キロの半島が宇宙船とおっしゃられるので?」
しゃがんで目の高さをイルマに合わせる桃矢。
子供扱いされた行為に、ますます血を頭に上らせるイルマ。
「証拠を見せてやるのだ! クシオ殿! 戦闘プログラム作動なのだ!」
正面スクリーンに指さすイルマ。
『ラー・サー』
それに答える感情のない女性ヴォイス。初めてきくものだった。イルマと桃矢以外は。
「あれ? 自転車乗ってるとき、僕に『急いで』って話しかけてきた声?」
『その通りです。初めまして。わたくしはクシオ。タミアーラの制御コンピューターです。トーヤ陛下のミトコンドリア受動体が、わたくしの声を拾ったのです』
「クシオ殿! おしゃべりは後なのだ。目の前の問題に対処する方が優先事項なのだ!」
イルマが話を終わらせる。まだ頭に血が上っているのだろう。言葉尻が尖っている。
『了解。メインスクリーンに情報を出します』
何が起こるのかと、全員、正面スクリーンに映し出されたケティム駆逐艦を見つめる。
突然スクリーンが飛び出した。妙に現実的な立体感が、見ている人の感覚として直接頭に流れ込んでくる。
司令部という狭い部屋にいながら、直接見ているような感覚。
全長百五十メートル、全幅十七メートルの駆逐艦。対比物がないのに、ケティム駆逐艦の実寸を実感できた。
これだけでも現人類の最新科学力を超越している。
あの桃果が口もきけないでいるのだ。
「……そうか、これなのね! 旧日本軍がこの島に乗り込んできた理由は!」
さすがに桃果の勘が良い。
「何のこと?」
ニブチンの桃矢。桃果に説明を求めた。
「どこから仕入れたのか、どんなレベルで聞き込んだのか、この情報を耳にした敗戦濃色の日本軍は、起死回生をかけてゼクトールへ特殊部隊を派遣したのよ!」
小さい拳を握りしめて仁王立つ桃果。
わかったようなわからないような、中途半端な表情で、納まりの悪い一房の髪の毛を頭頂で揺らす桃矢。
「一から説明してやるのだ。特にトーヤ!」
桃矢の手を握るイルマ。触れた瞬間、二人の手と手に青い光が走る。
イルマの手から桃矢の手に、痺れの感覚が移動する。
途端、風が吹き上げ、煽られた桃矢の髪が逆立つ。そんな錯覚を覚え、桃矢は思わず目を閉じた。
「トーヤ、その方もゼクトーラの女系の子孫なのだ。予と同じミトコンドリア末端機をその体内に持っているのだ。眼を開けよトーヤ。そして観るが良いのだ」
身体の中を風が通り過ぎた。桃矢はゆっくりと目を開く。
全天に星の海が広がっていた。そして目の前には大きな青い星。
「ここは宇宙船タミアーラの通常航行ブリッジ」
タミアーラのメモリーから流れてきた視覚情報が、桃矢の頭に情報が入ってきた。
一瞬で桃矢は意識を喪失してしまった。
「さて、飛んでしまったトーヤ殿は、タミアーラに任せておいて――」
ここは現在の中央司令室。イルマの説明が始まっていた。
「正面から突っ込んでしまったのが、本来円形だったゼクトール島」
イルマが桃果に説明しているトコロ。
「西の空から落ちてきたタミアーラが着水するとき、海底を削り取ったのだ。だから、西に海の道ができたのだ」
「あっ!」
最初に神殿半島へ案内されたとき見た光景。桃果はそれを思い出して声を上げた。
エメラルドの海に一筋伸びるコバルトブルーの海。色の濃い部分は、海が深いのだ。
わななくようにして桃果が口を開く。
「イルマのヨタ話って、本当だったの?」
「誰がいつヨタ話をしたのだ? まあよい。少しは信じる気になったか? 代々神官長は、タミアーラの艦内環境調整を担当していたのだ」
イルマは、鼻の穴から息をハゲシク吐き出し、ちらりと桃矢を見上げた。
桃矢はまだ幻から覚めぬのか、虚ろな目をして突っ立っていた。
「ちょっと桃矢! しっかりしなさいよ!」
桃果がハゲシク揺さぶるが、桃矢の反応はない。
薄く開いた口と、納まりの悪い一房の毛が揺れるだけだった。
「心配せずとも良い。おそらくクシオ殿の動画データーが、トーヤの脳に流れ込んだせいで混乱しておるのであろう。じきに目が覚めるのだ」
時々、ピクピクと身体のあちこちが動いているのは、寝入りばなのアレに似ている。穴に片足突っ込んだりとか、階段を踏み外したりするアレ。
「これは相当危険なシーンを夢見ているようね」
なんだかんだ言いながら、ずっと桃矢の脇を支えている桃果。
ミウラは、慌てて桃果の腕から桃矢を奪い、脇の椅子に座らせた。
「て、ことで桃矢の惨状は置いておくとして……」
ものを脇に置くゼスチャーをする桃果。ちらっとミウラの顔に視線を突き刺す。
「こうしている今も味方は傷ついていってるわ! イルマ、反則技、持ってるんでしょ?」
皆、肝心なことを忘れている。
揚陸艇が三隻、各々敵兵三百人と戦車三台を乗せ、本島に上陸しているのだ。
ゼクトール心臓部を攻撃されれば、ジバやアルトの賭けた命が無駄になる。
「報告!」
普段はくだけたエレカ表情も、だんだん真面目なものになっていく。
「敵戦車九両に対し、ノラ村の義勇軍が攻撃を開始しました。対戦車ライフル十四挺による十字砲火で三両の駆動系を破壊。ですがその後、敵上陸部隊が猛反撃。義勇軍は村はずれまで後退し陣地を構築。戦局は膠着状態に陥っています」
「すばらしい対戦車ライフル保持率ね!」
桃果の感嘆をよそに、いよいよ本島での戦闘が始まった。
男達は船にかかりきりなので、戦っているのは当然一般ピープルの女の子達だ。善戦している。
「とは言うものの、所詮は素人集団。粘りも一時的なものよ。上陸部隊に抜かれればゼクトールは占領される。ミウラ国防委員長!」
よばれてミウラ。姿勢を正す。
「ここまで来ればゼクトール島よりの退去は無理ね。最期まで付き合わせてもらうわ!」
「どさくさ紛れはいけません!」
ミウラの忠告を聞く桃果ではない。
「何とでも言いいなさ。イルマ、時間がないわ! タミアーラの主砲全弾発射よ!」
桃果がイルマの胸ぐらをつかんで揺すりだした。
「タミアーラ本体の武装は、二千年前から使用不能なのだ! クシオ殿! 何とかするのだ!」
丸投げの命令を出すイルマ。
クシオはそれに答えられるのだろうか? 全員の注意が集まる。
『サー。了解。戦闘プログラム作動。思考開始。測定規格、地球の基準に変更』
感嘆のどよめきが室内に満ちた。
オーダーは通った。物は言ってみるものである。
『思考終了。第二戦闘パターンを選択。タミアーラ搭載、恒星間航行用超バルス級破壊型戦列宇宙戦艦ファム・ブレイドゥを空間転移します』
「宇宙戦艦?」
その言霊にピクリと反応する桃果。
「宇宙戦艦つったら、やっぱ細長い葉巻型船格に、主砲は連装砲よね! 対空砲も四十門は欲しいところだわ。巨大な三次元エンジンノズルが後ろに突き出していて、堅そうな装甲を持ってたら御の字よ!」
「そこに立ったら前が見えぬのだ」
絵的に、かぶるようにイルマの前に出て偉そうに腕を組む桃果。
外界には、ある変化が訪れていた。
駆逐艦を映していたスクリーンが発光した。厚い雲に蓋をされ、いつもは見えるはずの星が見えない真の暗闇の中。
幾重もの荘厳な鐘の音が、周囲の空間に響き渡る。
太い柱が海と空を繋いだ。極太の白い稲妻だ。
中心の稲妻から、紫色をした無数の小さな稲妻がほとばしる。
恒星間航行用超バルス級破壊型戦列宇宙戦艦ファム・ブレイドゥが、その勇姿を敵味方に見せつけた瞬間であった。
ゼクトール建国秘話
……の一部。
佳境です。