35.覚悟。
「敵の攻撃第一段階は、終了した模様です」
ミョーイ島の画像を見つめていたミウラが、時計に目をやった。
時刻は二十三時をすこし回ったところ。
島での戦闘は一方的だった。
組織だったケティム陸戦隊が繰り出す怒涛のような攻撃に、ゼクトール側は効果的な反撃もできず、多くの兵が投降した。
捕虜として駆逐艦に収容される様子が、超望遠の画像に映し出されている。行列をなす捕虜の中で、ずば抜けて背の高い人影も見られた。
「ジバさんやアルトさんと、ついでに桃果の予想が正しければ、ケティムは時をおかず、ゼクトール本島に上陸をかけるはず」
あの時。空港で、ジバとアルトとミウラ、そして桃果と桃矢が頭を付き合わせ、ケティムの作戦を推定していた。
その一。ケティムは油田の利権を独占したい。
その二。ミョーイ島に平坦な地はない。油田開発のための基地には不向きだ。
よって、空港まで備えたゼクトール島が、補給基地としてもっとも適している。
しかし、ゼクトールを意のままにせねばならない。
だが、ゼクトールの協力が得られるはずはない。
それゆえ、ケティムは、ゼクトール本島に手を掛けねばならなくなる。
ならば、ケティムにとって、ゼクトール本島占拠は早いほうが良い。
ケティムはこう考えているだろう。
ゼクトールに戦力らしい戦力はない。
ミョーイ島占拠で消耗が少なければ、勢いで本島を落とす。
国連平和維持軍はもとより、アメリカや中国など、大国の出る舞台を作りたくない。
以上の事からケティムは、国際規約を破ってでもゼクトール本島に上陸すると見られる。
対してゼクトールは傭兵隊を中心とした陸上部隊しか戦力を持たない。ゼクトールがケティムと戦おうと思えば、地に足をつけねばならない。
ケティム軍が本島に上陸すれば、ゼクトールとしても、まともな戦いができる。
国土が火の海になるというデメリットも抱えねばならないが……。
――そして時間が進む。
「ケティム艦隊、ゼクトール本島へ向かい移動を開始しました」
哨戒を担当していた赤い髪のジムル。ずれ気味の赤縁メガネを直しながら報告した。
やはりそうか。
司令室に緊張が走る。
これは見張り兵の目視による報告。レーダーなどは、とっくに潰されていた。
「南に注意! 南側の海岸から上陸するはずだ! 北側より遙かに暗礁が少ないからな」
ミウラがジムルに喚起を促す。
「ケティム艦隊五隻、本島南側の海域に抜けました」
「エレカ委員長! アルト隊長に連絡!」
ミウラが命令する。
「アルト隊長の戦術を聞いてなかったけど、うまくやってくれるかしら?」
桃果が心配そうに呟いた。思ったことを口にしないと不安に潰されそうだったのだ。
「ミウラさんのお父さんだ。アルトさんを信じよう!」
桃矢も不安で押しつぶされそうだったのだ。
午前二時ちょうど。ケティム軍は上陸作戦行動に出た。
本島南側より、駆逐艦一隻とフリゲート三隻に守られたケティム強襲揚陸艦が接近。沖合で、小型用陸艇と水陸両用戦車を吐き出した。
ゼクトール近海特有の遠浅のため、ビーチングして直接兵員兵装を下ろすことは不可能。
ケティム上陸部隊は、小型の上陸用舟艇を繰り、ハイスピードで本島に接近する。
同時にゼクトール軍も行動を開始していた。
ケティム強襲上陸艦内で、白兵戦が展開されていたのだ。
アルト隊は、人力で側面をよじ登り、揚陸艦内部に進入。
上陸作戦中の虚を突き、瞬く間に揚陸艦を占拠した。
彼らは前もって、予想海域の、低気圧で荒れる海中に潜んでいたのだ。
恐るべき体力と気力。
アルト隊の支配下に置かれた揚陸艦の連装砲が、ケティム上陸部隊に向けて火を噴いた。上陸部隊は大混乱だ。
反撃はそれだけではない。
ミョーイ島戦線で投降したジバ隊が、収容先の駆逐艦で逆襲に出たのだ。
占領とまではいかないが、駆逐艦一隻が行動不能に陥った。
兵士は人質にならないというが、ケティム艦隊は、味方艦艇に手を出せないでいた。
ケティム軍大混乱である。
「なんか、おじさん達、カッコよくない?」
桃果、ワクワクが止まらない。
「格好いいとは、ああゆうことさ!」
桃矢だってそうだ。いや、司令室の中にいる者、全員が歓喜の声を上げていた。
「予想以上の成果です。ジバ隊が駆逐艦を占拠できれば、形勢を逆転できます!」
ミウラの頬が紅潮している。
たしかに夜明けまでに駆逐艦のコントロールを奪えれば、ケティム有利の戦局は、どう変化するかわからなくなるだろう。
勝利の予感にみんなの気持ちが高ぶる。
その時――。
「本島北側に艦艇一隻。高速接近中」
普段と変わらないジムルの声に、司令室が静まりかえった。
「ばかな! バリアリーフにぶつかって座礁するぞ!」
最初に自分を取り戻したのはミウラだった。
「珊瑚礁に入ってもなお、速度落ちず」
あくまで冷静なジムル。事実だけをを報告する
「しまった! ケティムは大型のエアクッション揚陸艇を投入していたのよ! 揚陸艇ごと島に上陸するわ!」
珍しく、桃果が慌てている
「落ち着いて桃果ちゃん。エアクッション揚陸艇ってなに?」
「大型のホバークラフトよ! 兵員を三百人乗せられて、戦車も三両積めて、ミサイルや機関砲なんかも装備されてるし、時速百キロよ! 陸上だって走れるからバリヤリーフなんかお構いなしよ! とにかく海上電撃作戦の固まりみたいな船なの!」
司令部から音が消えた。
いや、桃矢が唾を飲み込む音だけが聞こえた。
このまま上陸させては、ゼクトールの喉元にナイフを突きつけられるようなもの。形勢は再逆転される。
何とかしなければ。
でも、戦争の素人である桃矢に何ができるのか?
「ここまでのようです」
静かになった部屋で、ミウラの声だけがよく通った。
明るい戦争とか、軽い戦争とか、無いと思う。
戦争とは、最初から最後まで思い通りに進まないものだと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?




