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34.中央戦闘指揮所

「よく考えれば、もっと早くに引っ越ししていてもよかったんだよね?」


 王宮が爆撃されたとの報を受け、神殿地下に新設された中央総司令部(メインオーダールーム)では、桃矢達が胸をなで下ろしていた。


「いつまでもあんな目立つ所に居るわけないじゃん!」

 ココナッツジュースをがぶがぶ飲む桃果。彼女は、引っ越しの手伝いを一切していない。


 少ない人数で素早い引っ越しを可能にさせたのは、持ち出す書類や機器が、あまりにも少なかったからだ。


 桃矢は機器類の最後尾、階段式に高低差をつけた構造の、最上段のボックス席で、ずらりと並ぶコンピューターやデスプレイ等の電子機器類を見渡しながら、額に流れる汗を拭いていた。


 SF的な風景というか、ナサのシャトル管制室というか、……コード類は全て床下配線、コンソール、デスプレイ共にはめ込み式近未来的ビュアーだった。

 オールオーダーメイドで作ると、金がかかることこの上なかったであろう。

 型が古くなったら、どうするつもりなのだろうか?


「それにしても、先代は……、よくもこんなにいろんなメーカー品を集められたもんだな」


 コンピューター類には、見たことも聞いたこともないメーカーのマークが描かれている。


「うむ、地下神殿での即位の儀式でおきた、幽霊騒ぎ。種のない奇跡などないのだ。予は、あれから迷路のような地下神殿を再探査したのだ」

 自慢げに胸を張るイルマ。並んで桃果も反り返っている。


「さあ、気を引き締めていくわよ! 作戦名、スターダスト計画、発動!」

「そんな作戦名いつ考えたのさ?」

 鼻から荒い息を出す桃果と、ただちに矛盾点を指摘する桃矢。


「たった今よ!」

 最上段の指令席から、傲岸不遜な態度でスタッフを見下ろす桃果。


 スタッフといっても、そこで働いているのは九人の委員長達。

もう少し詳しく言うと、黙って手を動かしているのは、最前列のボックスに座るミラだけだった。残りは、桃果と一緒にジュースを飲んでいる。

 彼女らはパソコン類が使えない。この国のパソコン普及率が低いのだから仕方ない。


「たいへんです! ゼクトール国際空港の滑走路が爆撃を受け破損、使用不能の模様!」

 エレカが叫んだ。

 司令室の機器を使いこなせず、ハンドキャリーの通信機に頼っている。


「くっ! ゼクトール空軍戦力が封じられてしまったか! 大幅な戦力ダウンだ!」

 ミウラが悔しそうに唇を噛む。


「いやいやいや、さして低下してないから」

「むしろ、赤い三連星の子が危険にさらされなくて良かったわよ」

 桃矢と桃果がシンクロして手をパタパタ振っていた。


「たいへんです! ゼクトール中央発電所が爆撃を受け破損。発電を停止しました!」

 エレカの被害報告第二報である。


「ああっ! ビッグ・アント(せいたかおばさん)が!」

 農務委員長にして、エネルギー政策も担当するノアが悲鳴を上げた!


「名前つけてたんですかい! つーか、あのおばさん、電球何個分の発電してたんだろ?」

 突っ込む桃矢。


「よしよし、予定通り。敵はさっきから無駄弾を撃ってるわ!」  

 仁王立ちになって、高笑いする桃果。


「ケティム艦隊、ミョーイ島に向け艦砲射撃。対地ミサイルもつぎ込んでますぜ!」


「いよいよ上陸作戦が開始されたようね。常套手段だわ。長距離砲で地ならししてから陸戦隊を上陸させるつもりよ」

 エレカの報告に、桃果が解説を加えた。彼女の目は生き生きと輝いている。


「これから日が傾くというのに攻撃とは……意表を突く作戦行動開始時間。獅子は鼠を倒すにも全力を傾注すると言いますが、ケティムは本気でゼクトールを攻略する気ですね」


 悔しそうに唇を歪めるミウラ。

 良くも悪くもこの人は軍人なのだ。味方陸戦隊を信じているとはいえ、一方的に攻められるのを良しとしない。


「外の様子を目で見ることができないのが地下基地の欠点だな」


 桃矢が唸る。目の前の壁一面を大画面ディスプレイが占拠しているというのに、画像が映っていない。

 デジタル機器を知らない者ばかりだ。このスタッフでは高望みというものか?   


 桃矢は、ふと最前列に目を向けた。

 ミラがこちらを向いていた。

 数秒間視線が接続された後、ミラは自分のコンソールに向き直った。


 桃矢達はエキスパートを一人忘れていた。

 桃果が持ち込んだコンピューターを素早くセットアップした人物。ミラがいた事を。


「アイャウエィ!」


 誰かが発したゼクトール語。これはゼクトールの感嘆詞。どよめきが司令室に走った。

 正面、大型ディスプレイに鮮明な画像が映し出されたのだ。


 厚い雲に覆われた天気といえど、日中は明るい。直角三角形をした島影が、大きく鮮やかに映る。

 そこかしこから煙が立ち上がり、時折閃光が見られる。

 攻撃されているのだ。


 しかし、奇妙な形をしたミョーイ島。

 こうやってみると、……切り立った崖は何かで抉られた傷跡にも見える。攻撃を受けている島として、相応しいと言えば相応しい姿だ。


「ジバさん達は?」

 桃矢が状況の報告を求めた。対して……。


「シナモントースト欲しい人!」

「はいはいはい!」

「地下壕に潜っている手筈。敵上陸後に反攻作戦が開始されます」

「戦況を報告しなさい!」

 桃果も司令官気取りで勝手に命を飛ばす。

「お茶がぬるいよ! どうなってんの?」

「大丈夫です。いつでも反撃プログラムは作動します」

「そっちのポットのが熱いよ」

 口々に喋りまくる司令部スタッフ。まったく統制が取れていない。


 桃矢は大きく息を吸い込んだ。

「静かにっ! 戦況報告と僕の求め以外、おやつとおしゃべりは禁止! これは王の命令!」


 しんと静まりかえる司令室。みんなの目が桃矢に集まる。

 逆に緊張して、引きつった笑みを浮かべる桃矢だった。






「敵強襲揚陸艦より、上陸部隊出ました。」


 曇り空でも、空の一部が朱に染まる。太陽が西の海へ沈もうとしているのだ。

 ゼクトール上空は、敵空母から発艦したフランカーが、わが物顔で飛び交っていた。

 もとより制空権などない。想定の内だ。


「先は長いです。ここは一つ休憩を入れてはいかがですか?」


 質問の形を取っているが、すでにジェベルは、サンドイッチが山と積まれた大皿を持ち込んでいた。

 なみなみと注がれたココナッツジュースもグラスで揺れている。


 各委員長達。物欲しそうな目をして桃矢を見つめている。そう言えば腹が減った。戦をしていても腹は減るものだ。


「じゃ、一息入れようか?」

 桃矢が宣言するまでもなく、桃果は皿に手を伸ばしていた。


 司令室に詰めるのは委員長達だけ、誰も遠慮無しでサンドイッチに手を伸ばす。

 狭い司令室が余計に狭くなる。

 しかし、人の体温が放つぬくもりは心が和む。ココナツジュース以外の甘い匂いが桃矢の鼻孔をくすぐる。


 女の子達の香り。


 桃矢は思う。女の子の吐く息は、二酸化炭素以外の何かを出しているのではないかと。

 未来は暗いけど、今現在の桃矢は幸せだった。

 と、なにやら横手で気配がする。視線を向けると、桃果が目を細めて桃矢を見ていた。


「小鼻が膨らんでいるわよ」


 桃果に見透かされているようでなんだか怖い。

 桃矢は肩をすくめて対応したのだった。


次話「覚悟」


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