32.心配事
「ジバ部隊、全員ミョーイ島に上陸完了。アルト隊は既に実践配備中」
ミウラの報告は冷静にして簡潔だった。
「低気圧が近づいているようですね」
桃矢は、ゼブダ前国王が設置したと思われる気圧計を見ていた。
司令室に入る前、見上げた空は分厚い雲で一面覆われていた。暗黒の曇天である。
お昼過ぎ。桃矢達は本格的な行動を開始した。
緊急設営された防衛司令室は、ごったがえしていた。
ただでさえ狭い部屋である。大人数が機器や書類やおやつを持ち運びして、大混乱の極みにあった。
「桟橋を守っている守備隊から連絡が入ったぜ!」
通信事業は国土交通委員会。ということで、通信担当をかってでたエレカが、廊下から顔を覗かせて報告した。
室内が混雑しているので、廊下で仕事をしていたのだ。
「報告せよ!」
短い命令がミウラから飛ぶ。
「敵フリゲート、領海内に進入。民間人の漁船に発砲!」
ひときわざわめきが大きくなる防衛司令室。
「静かに!」桃矢が叫ぶ。一瞬で静まりかえる室内。
「報告を続けよ」ミウラが促す。
「漁船はアーヤとレイアの乗った船です!」
狭い島国だ。エレカが漁船の乗組員の顔と名前を知っていてもおかしくない。
「レイアは、トーヤ陛下が飛行機を乗り損ねた日、自転車とぶつかりかけた女の子です」
ミウラまでが知っていた。
桃矢はその時の出来事を鮮明に覚えている。よく日に焼けた小さな子。どうみても十才そこそこの女の子。元気に飛び跳ねていたのが印象的だった。
だから、顔見知りが乗った船を撃たれたとあっては、心中穏やかでいられるわけがない。
「その子は無事なの? 怪我してない? 詳しく報告してください!」
桃矢がエレカに詰め寄る。
「フリゲートより漁船に向け、機関砲を発砲。あたらなかったことを見ると、たぶん威嚇射撃。でもって、漁船側はバレットで反撃。機関砲二機を破砕して逃走。漁船は無事に帰島。やるねぇ! 双方負傷者の有無は不明ですが、死者は出なかったようです」
「ちょっと待って、ちょっと待って!」
桃矢が慌てて手を振った。
「あのあのあの、話についていけないんですけど。何? バレットって何?」
「バレットM八二。口径十二.七ミリの軍用対物重狙撃銃のことじゃない?」
桃果が普通に答えた。それがどうかしたの? というように。
「あの、その、なんで重狙撃銃が漁船に積まれているのかなっ、て聞いてるんですけど!」
「バレットは装甲車にも通用する銃です。イラク戦争で、千五百メートル先の敵兵を真っ二つにした威力と射程を誇ります。だから、護身用として船に積んでいたのではないでしょうか?」
ミウラ、自分の推測を披露する。だが、桃矢が求めた答えとは、ちょっとばかり方向が違っていた。
「いやいやいやいや……。だから、どこから入手したとか、なんで十歳児がそこまでの命中率を誇るんだとか、いろいろ疑問に思わない? つーか危なくなくない?」
桃果を含めて、部屋にいる女の子は、みなキョトンとした表情をしていた。
ミウラが話し出す動きを見せたとき、桃矢は聞かない方がよいのでは? と、なぜかそう思った。
「ご安心を。ゼクトールの漁船は安定性に優れた双胴船です。ライフルを撃った反動で船が沈むという事はありません。それに、出稼ぎに出ていた父兄は、たいていお土産に銃器を持って帰ります。ゼクトールは子供達にとって、遊園地もない退屈な国です。女の子の遊びと言えばオママゴトか実弾射撃遊びくらい。自然と銃の扱いに長けてくるものです。そうそう、レイアの特技はバレットで二千メートル先の空き缶を自転車に乗りながら打ち抜く事で、アーヤの特技は汎用機関銃FN―MAGの銃身を目隠ししながら二秒フラットで交換できる事です。ちなみにわたしの特技は――」
「いや、もういいから。わかったから!」
放っておけばいつまでも話しそうなミウラ。桃矢は無理やり中断させた。
銃刀法とか児童福祉法とか、いろんなモノに抵触するゼクトールの風習を知り、桃矢の脳内作業領域はいっぱいいっぱいになっていた。
「しかし、アーヤとレイアが心配です。射撃は素人ですし、怪我してないでしょうか?」
ミウラの心配はもっとも。桃矢だって顔見知りだ。射撃の素人かどうかは別にして、気にならないはずはない。そわそわとうろつく桃矢。
うざったらしい事この上ない。
「そんなに国民が心配なら視察に出かけましょうよ。どうせ、あたしら二人はここにいても邪魔なだけだし」
桃果の一言が引き金となり、表に飛び出す桃矢だった。
次話「空襲! ゼクトール宮殿、被弾!」




