表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

30.宣戦布告。

「風が強くなってきやがったな。暗雲漂うってヤツかな。ゼクトールじゃ珍しいな」


 外の様子を見てきたエレカが、騒がしく司令室に入ってきた。


「国連での会議、今日が二回目ですね」

 画像の調整をしながら、ジェベルが誰に話しかけるでなく話す。


「そして最後の会議でもあるのよ!」

 足を組んで椅子にふんぞり返りっている桃果。鼻息が荒い。


「エンスウちゃん、今度は泣かないでちゃんとお話しできるかな?」

 組んだ指をそわそわさせながら、落ち着かない表情の桃矢。


「大丈夫です」

 自信満々のサラ。力強く頷いているが、根拠は全くない。


「恥をかかねばそれで良いのだ」

 いつの間にかイルマまで詰めていた。


「やっぱりイルマちゃんも気になるんだ」

 桃矢は、屈んでイルマと同じ視線で話した。それが気に入らなかったのだろう。


「予を子供扱いするなと何度言ったらわかるのだ? 浮き世の事など興味ない。予はトーヤ、その方に話があってやってきただけだ。国連中継は偶然の一致なのだ!」


 剣呑な角度に眉を固定し、両手をブンブカ振り回すイルマ。

 その仕種が子供っぽくて可愛いんだけどね、と桃矢は思ったが口には出さない。


「なんなのだ? その腹の立ちそうな笑顔は?」

 イルマがものすごい剣幕で桃矢に詰め寄ったときだった。


「放映が始まりました。一時間前の映像です」

 ジェベルがいつもの調子で報告した。

 緊急速報のかたちでニュースが流れていた。


 女性ニュースキャスターが、興奮気味に報道している。


「海外メディアに頼るってもどうかな?」


 嘆く桃矢。しかしゼクトールの現実はそこまで情けないものだ。

 悲観しても仕方ない。時間をかけて是正していくより道はない。そして、その時間は残り少ない。


「いよいよ最後の総会が始まります!」

 ミウラの一言に、十一人の視線がテレビに集まった。






 前回と違うスーツを着ているエンスウ。胸元の大きなリボンが可愛らしい。

 事務総長に新しいのを買ってもらったのだろう。


 ついでに言うと、総会議長もエンスウを優しい目で見ていた。今の国連は、ロリ属性の老人が仕切っていたのだった。


 背筋を伸ばして座るエンスウ。きりりと引き締まった表情が、いつもと違う。


 今日のエンスウは大人びている。軽く頬紅をつけ、薄くルージュをひいている。

 顔色の悪さと唇の青さを隠すための努力。そのくらい桃矢達にはお見通しだ。


 ケティム代表のスピーチが始まった。


 要約するとこうだ。


一、ゼクトールは、国連の決議に従い、ミョーイ島の所有を正式に放棄すること。


二、海底油田採掘を共同で行う事。


三、ケティム共和国政府に対するプロパガンダを一切削除すること。


四、暴力的な国民運動が予想されるため、ゼクトールは、ケティムの軍機関の一部を受け入れること。


五、今まで主張してきた国連とケティム共和国政府に対する間違いを素直に認め、公式に謝罪すること。


六、全てについて実行する手段を速やかにケティム共和国政府に通知すること。

 返答は、今日を含めて七日以内に文書にて求める、と最後に付け加えられていた。


 事実上、ゼクトールへの最後通牒であった。


 お笑いである。


 特に四番目。

 これはゼクトールへの主権侵害を意味している。

 どこの国が自国民を弾圧させるために敵対国の軍隊を入れるというか。


 全世界に根回しが済んでいるのだろう。総会会議場は静かだった。


 なにせ、世界有数の油田が一つできあがるのだ。

 利権争いへ加わる国があっても、反対する国はない。


 ケティム代表は、自信たっぷりにスピーチした後、ゆっくりと席に腰を下ろした。


 これに対し、即、意見陳述を求めるエンスウ。特殊属性の議長が許可しないはずはない。

 メイクを施してなお、顔の色が白いエンスウ。


 彼女は、ピンクのリュックサックからA4用紙を取り出し、軽く咳払いをする。

 その紙は今朝、エンスウに届けられたゼクトール本国からのファックス用紙だ。


 議長をはじめ、各国代表は声を潜めた。

 ゼクトールの代表、エンスウの答え一つで、戦争が起きる。いや、戦争を起こす。


 緊張感に満ちた静かな会議場。議長などは肩に力を入れすぎ、いかり肩になっていた。


 エンスウは、落ち着いた声で、一言一句はっきりと読み上げる。


『我々ゼクトールは弱小国家である。貴国と戦えば必ず負けるであろう。

 そもそも戦いになるかどうか怪しいものである。諍い(いさか)を避けて、おとなしく要求を呑むのが賢明な策である。

 小国は、大国と友好関係を結び、様々な道を模索し、共に発展していかなければならない。

 現代社会を鑑みるに、武力衝突などという野蛮で愚かしいな行為は、文明国として決して決して許される事象ではない』


 各国代表の中には、あからさまに肩の力を抜く者がいた。

 議長などは、孫を見るような柔らかい目でエンスウを見つめていた。 


 ざわざわとした人の声が議会場に溢れる。やれやれと頭を振る人も多数いた。余計な手間をかけさせるなよガキが! という目をする者もいた。早々と帰り支度する者までいた。


『しかし! それではどうにも矜持が収まらぬのだ!』

 声を荒げるエンスウ。


 人々の雑談が止まった。エンスウはまだファックス用紙を手放していない。

 着席もしていない。彼女の朗読は続いていたのだ。


『機嫌良く自分の庭で遊んでいた子供。その子の持っていたおもちゃが欲しいと駄々をこねる大きな子供。今回の件は、例えるならそのような子供の喧嘩。とうてい飲める問題ではない!』

 何事かと、エンスウを見つめる目、目、目。


『よって、ゼクトールは、ケティム共和国に対し、本日、ここに宣戦を布告する!』


 ざわめきがいっそう大きくなった。席から腰を浮かせる代表もいた。

 さらにエンスウの朗読は続く。


『だが、これは外交努力の果てによる戦争などという崇高なものではない。いわば駄々っ子同士の喧嘩である。大人である第三国は、子供(ガキ)の喧嘩へ手出しを無用に願いたいっ!』


 エンスウはここまで一息で読み上げた。残りわずかを腹の底から大声で読み上げるむために大きく息を吸い込む。


『悪役上等! 我らゼクトールは、腐っても独立国家! 無茶に対し、道理をまかり通させてもらう! ケティムの勇敢なる兵士諸君。心してかかられるがよい!』






 エンスウの叫びによる余韻が残る中、会議場は水を打ったように静まりかえっていた。


 国際世論を味方にし、核武装までした国に道理(すじ)を通そうというのだ。


 ある者は驚き、ある者は口を開け、ある者は怒りに、ある者は……羨ましそうに。

 会議場の老人達は、一言も発せずにいた。

 もはや、会議の体を成していない。……最初から会議などではなかったが。


「エンスウ君。君はどうするのだね? 君の国は……」

 最初に口を開いたのは、特殊属性を持つ総会議長だった。


「お兄ちゃんと一緒にゼクトールへ帰ります」

 エンスウは、はにかむように微笑んでいる。


「ゼクトールへの足はどうするのですか? もはや旅客機も乗り入れしてないと聞きます」

 総会議長は、教師だった頃の顔に戻って話していた。


「私たちは海洋民族。帆のついた小舟があれば、必ずゼクトールへ帰れます。トーヤ陛下の命令なんです。必ず生きて帰ってこいって。私たちは家族や友達のいる故里へ帰るだけです」


 いつの間にか、エンスウの側にパイロンが立っている。立って、妹を見守っている。


 議長席に向かい、二人揃って頭を下げた。エンスウの束ねた二つの髪がかわいく跳ねる。

 そして、顔を上げる。その顔は十三才と十五才に相応しい、青く爽やかな笑顔だった。





 

「案の定、ケティムが最後通牒を放ってきたわね。もっとも、そんな事とっくにお見通しだけどね」

 人差し指を立て、チチチと振っている桃果。


「ミョーイ島か油田開発を出してきたら、返す刀で読めって言っておいて正解ね。格の違いってヤツ? 心理戦は私たちの圧勝ね! 初戦はゼクトールの勝利に終わったけど、今ここで気を緩めちゃ駄目よ!」


 すっかり軍師気取りの桃果。自慢げな笑み。

 この中で一番気を緩めているのは桃果だろうと桃矢は思っている。


 それに、今回の作戦はゼクトール首脳部で話し合って決めた結果だ。

 桃果が一人で決めたわけではない。


「でもね」

 桃果の目がすぅっと細くなる。


「宣戦布告文の仕上げを一人ですると言った時から、嫌な予感がしてたのよ」

 細めた目で桃矢を(ねめ)つける桃果。


「せめて原稿を添削すればよかった」

 そう言って桃果は桃矢の腕に自分の腕を絡めてきた。どうやらご褒美のつもりらしい。


「そうだのう。しかし、トーヤ殿にしてはまずまずの文才だったのだ」

 神官服の下で腕を組み、苦そうな顔をするイルマ。

 何のことはない、溢れてくる笑みを噛み殺しているのだ。


「すっとしたぜ、トーヤ陛下!」

 ウインクと共にサムズアップするエレカ。


 ミラも、無言で桃矢に目の焦点をぼかしている。

 ジムル、マープル、アムル、ノア、サラ、みんな桃矢の周りに集まっていた。

 明るい顔だ。みんな未来など考えていない。


「トーヤ陛下の安全は、わたくしが命に代えてお守りいたします」

 直立不動で敬礼するのはミウラだ。目が赤い。


 みんな、ゼクトール国民であることを、桃矢が国王であることを誇りに思っている。


「明日は明日の風が吹く。さて一息入れましょう。今日はスコーンを焼いてみました!」


 ジェベルが持った大皿に、わらわらと群がる少女達。さっきまでの緊張感はどこへ?


 桃矢は上を向いた。王宮会議室の照明が、いつもより明るく思えたからだ。


 そのころ、ゼクトール中央発電所の風車が、十年に一度の強風により、初めて遺憾なく性能を発揮していたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ