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3.コバルトの海

「ところで、ゼクトールって王制を敷いているところから見て絶対君主主義国家? ねえ、軍事国家でしょ? 戦闘機は何を採用してるの? ミラージュ? それともF?」


 たたみ掛ける桃果に押され気味のミウラ。


「えーと、ミグ――」

「あーそっち系ね、はいはい! 小さい国特有ね。いいわよいいわよ、あたし向きよ!」


 桃矢は、あきらめ顔で飛行機の天井を見上げた。

 やれやれ、どこでも桃果ちゃんは桃果ちゃんなわけで……、でも桃果ちゃんのおかげで気持ちが軽くなった。


 冷静に考えると桃矢の立場は低くない。余裕じゃん!

 そこまで考えが及ぶと、俄然、桃矢の中に怒りが込み上げてきた。


「僕は国王を引き受けるなんて言ってないよ! 第一、僕の親が黙ってない! 今頃警察沙汰になってるよ。へたすりゃ国際問題だ!」


 大声を出す桃矢。対して、らしくない顔をするミウラ。彼女に対するスマートなイメージがどんどん崩れていく。

 ……これ見よがしな桃果の舌打ちは、聞かないフリをする。


「ご両親からは許可をいただいてますが? 当然、理由はご存じでしたし」

「あれ?」

 ちょっと、……こう……期待していた答えと違う。


「僕に電話貸して!」


 母から帰ってきた答えはこうだ。

『あれ、言ってなかったっけ? でも、ミウラさんっていい人でしょ? かわいいし』


「父さんに代わって!」


『父さんだ。思ったより早かったけど、まあいい。男はいつか旅立つものと相場は決まっている。盆と正月には帰ってこいよ』


 桃矢は電話を静かに置いた。世にも情けない顔をして振り返る。


「もちろん日本政府にも、外交的に話がついています」

 ミウラがとどめを刺した。

 もうだめだ! 膝を抱えて、床にうずくまる桃矢。


「可哀想に」

 優しく桃矢の頭を撫でる桃果。目にいっぱいの涙を浮かべて桃果を見上げる桃矢。 


 ……桃果は嬉しそうに笑っていた。


「トーヤ様、どうかご安心を。トーヤ様が思っておられるような責務を我らは求めておりません」

 初めて柔らかい笑みを浮かべるミウラ。


「は? はぁ?」

「えぇーっ!」

 腑抜けた声を出す桃矢と、あからさまに残念そうな声を上げる桃果。


「いわば素人のトーヤ様に、今までの生活を捨てて王になれと申し上げるのも、それは無理な話。我らとて重々承知しております。これはあくまで形式的なものです」


 まずは桃矢を安心させるため、結果を先に言うミウラ。


「ゼクトールは今、問題を抱え込んでおります。といっても、トーヤ様がお気にかけられる類の問題ではありません。政治形態に王制を採るゼクトールといたしましては、政府首脳部が案件を解決するにあたり、仮初めとはいえ国王が必要なのです」


 ミウラは、一息ついて桃矢達の様子を見た。ツバメの雛のように口を開けている桃矢と桃果。上々な結果である。


「トーヤ様におかれましては、ゼクトール政府の機能回復のため、いくつかの案件の承認と権限委譲に同意していただくだけで結構です。それもたった二日間。ご迷惑はおかけいたしません。合間に、郷土料理や名所観光などでお楽しみいただければよろしいかと」


 固い笑みをぎこちなく浮かべるミウラ。


「いわば、機内移動時間無視のゼクトール国王体験一泊二日の旅をご満喫! って解釈で良いのかしら?」

 ミウラの説明に納得いったのか、桃果が合いの手を入れる。


「はい、正にその通りでございます!」

 今度こそ、心底にっこりと微笑むミウラ。年相応の笑顔。とても可愛かった。


 しかし――。


「冗談じゃない! そんな一方的で理不尽なナニに付き合うほど僕は暇じゃなキュ!」

「キュ?」

 細い眉を寄せるミウラ。


 そこには、後ろから桃矢の首に腕を絡ませた桃果がいた。

 立ったままのネックブリーカー。容赦ない事で有名な技だ。 


「で、ゼクトールって何処にあるの? 教えてちょうだい」


 桃矢のことはさておき、気さくに話しかける桃果。

 ミウラは桃矢と桃果の眼前で紙を広げた。それは世界地図だった。


 落ち込んでいても始まらない。桃矢は、逃げ出すための情報収集のつもりで覗き込む。


「ここです」

 ミウラが指し示す場所は、赤道からちょっとだけ離れた海。――の真ん中にある、針で突いた傷のような小さい島。


「えっ! ええーっ! 島国?」


 頭を抱えたのは桃矢。ありとあらゆる大陸や半島や島から離れるだけ離れている。まさに絶海の孤島。陸、海、空路での単独脱出は不可能。


「拡大図はこう」

 ミウラがもう一枚の地図を広げる。


 ほぼ円形の島から西に一本、岬が張り出している。一言で表現するならフライパン。

 それと柄の延長線上に小さな島が一つ。


「こっ、これは……屋久島より小さい?」

 桃果も会話に窮し、眉をひそめていた。


「でもさ、なんでこんなへんぴな……もとい。ちいさな国の姫様を旧日本軍が?」

 桃矢、当然の疑問である。


「真の目的は計りかねますが、我が国で戦局に係わる何かを発見したらしく――あっ! 見えてきました。あれがゼクトールです!」


 ミウラが、顔を輝かせながら窓の外を指さす。桃矢は、指された景色を見るついでにミウラの表情を盗み見た。故郷を見るミウラ。子供ぽい顔をしている。


「うわっ、ちょーすごっ! ヤバイくらい綺麗!」

 桃果の歓声に、桃矢ものぞき込む。


 コバルトブルーの中にエメラルドをちりばめた海。そこに浮かぶ緑の島。

 陽の中の陽、光の景色が広がっている。


「美しい!」

 あまりにも現実離れした美しい景色がどこまでも続いていた。


 結局、ゼクトール本国に降り立ったのは、拉致られてから一日以上経ってからだった。


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