27.無敵脳天気(ゼクトール魂)
「うまく撮れてるじゃない! こういうときは白黒写真に限るわね!」
現像された数枚の写真を前に、ご満悦の桃果だった。
なにせ、軍艦の生写真である。
マニアにはたまらない代物らしい。もらう気満々だ。
「強襲揚陸艦はドッグ型じゃないわね? でもだいたいあたしの予想通りね!」
俯瞰構成で表された写真は、ケティム遠征艦隊の全容を見事に捉えていた。
ほぼ、桃果の予想が的中した艦隊構成である。桃果の鼻が高い。
「使い捨てバカチョンカメラだといって、おろそかにはできませんね!」
にこにこ顔のグレース曹長。褒められたのが余程嬉しかったのだろう。
「すみません、途中で咽せてしまて無線機を落としてしまいました。……拾うに拾えなくて……あたし、今度は片手操縦を練習します!」
泣き顔のタマキ准尉。思いっきり頭を下げる。
「ケティムのパイロット達に比べれば、私たちはまだまだよ。みんなで猛特訓よ!」
ノイエ少尉がタマキ准尉を励ます。
「いやいやいや! これはどういう事なのか、国王権限で説明を要求します。つーか、あの感動は何だったのかの説明も求めます」
疲れ切った表情の桃矢。頭頂で収まりの悪い毛が一房、平和に揺れていた。
目前で、自分の足で立っているノイエ、タマキ、グレース、三飛行士達に説明を求めた。
つまり、赤い三連星は全機無事帰投したのだ。
パイロットはおろか、機体にも傷一つない。
無傷、無血の帰還をとげ、おやつのバナナチップスまで平らげていた。
「いや、だからさ、ものすごい空中戦だったんだろ? コブラ? 木の葉落とし? なんとかサーカスって言うよね? チョーすげー鬼テク使ったんだよね? 身体は何ともないの? 横Gなんか大変だったろ?」
三人の話に割ってはいる桃矢。三人が無事帰還した奇跡話を聞きたかった。
ひょっとしたら、ケティム空軍はフヌケぞろいかもしれないではないか!
「ミグで空中戦は無理ですね。スピードが違いますから、あっさり並ばれちゃってぇ」
ノイエ少尉が三人を代表して、しかも嬉しそうに話し始めた。
彼女の話す事の顛末はこうだ。
赤い三連星が操るミグに並んで、挑発するケティムのフランカー乗り。
あまりの性能違いによる思い上がりのためか、ミグに乗るパイロット達をナメてかかっていたらしい。
彼女たちはヘルメットを被らずに飛行している。フランカーのコクピットから、ノイエ達の容姿が丸見えだった。
ゼクトール機パイロットが、年端もいかない女の子とわかった瞬間、ケティムパイロットの間に衝撃ならぬ、萌えが走った。
フランカー乗り、男である。加えて、ケティム艦隊、男所帯である。
可愛い女の子が泣きそうになってミグを操っている。フラフラと頼りげ無く飛ぶその姿を見て、開けてはならない扉を開けてしまったらしい。
結果、戦闘が始まるどころか、赤い三連星は、フランカー乗り達によって丁寧に誘導され、ゼクトールへと帰還したのだ。
笑顔プラスVサインでコクピットに収まっているパイロットの写真まであった。
どこの国も男は変わらない。……馬鹿?
「まあ、結果として無事だったんだから良かったものの、もうあんな危ない真似しちゃだめだよ! これは国王としての命令だからね!」
意図的に怖い顔をして注意する桃矢。桃果の笑みが、似合わないと言っているようで、なんだか辛かった。
「ところで、桃果はどこで何をしていたの?」
もっと厳重に注意したかったところだが、もともと桃矢はそういったキャラではない。
ましてや桃果の前でそんなことすると、彼女が敵に回る可能性が高い。話をそらすに限る。
それに桃果は乗って来るだろう。これ以上桃矢を虐めると、赤い三連星の無断出撃や、命令無視をしたミウラの処罰に及びかねない。
桃果だってそれくらいわかっているはずだ。
「……イルマに案内されて神殿の地下に降りていたの。前国王が大人買いしたコンピューター類を収めた部屋の見学よ」
残念そうな顔をして話を切り替える桃果。やはり、もう少し桃矢を虐めたかったのだ。
「例の幽霊騒動の後、イルマが先頭切って開かずの間探査に踏み切ったらしいわ。そして見つけたんだけど、仕事柄、彼女ってメカ音痴なのよね。だから代わりにあたしが見てやってたの」
やや自慢が入る感の桃果。その彼女の肩を後ろから叩く人がいる。
文部科学委員長のミラ・ロコモコである。ゆっくりと力のない目で桃矢を見て、ゆっくりと右手があがり、ゆっくりとミラ自身を指さす。
「そうそう、ミラもお手伝いしてくれたわね」
ミラは、首をゆるく振ってみせる。彼女なりの自己主張らしい。
「えーと、……あたしもお手伝いしたわ」
桃果が折れた。
そういえば朝の会議にミラもいなかった。彼女が鑑定の主力だったのか。
ミラはゆっくりと手を下ろして、明後日の方向を見ている。
気が済んだらしい。
「いくつかの離れた部屋に分散してあってね。古いのとか新しいのとか、聞いたことないメーカーだったり、メーカー自体の表示がないパッチ物だったり、いろいろ取りそろえて騙されてたみたいよ。あのブタ野郎、だいたい――」
「ちょっと待って、ちょっと待って!」
桃果の説明をエレカがカットする。
「いま、前国王をブタ呼ばわりしなかった? したよね? そう聞こえたんだけど!」
「何のこと?」
桃果が怪訝な顔をする。わざとなのだが、一見、本当に何のことかわかってない顔だ。
「ゼブダ様って言ったんだけど、たしかに日本語のブタと発音が似てるわね。でもね、いやしくも前国王陛下よ。いくら何でもそんなこと言うわけないでしょ? エレカ委員長、あなた未曾有の危機に対し、働き過ぎで脳が疲れてるんじゃないの? だめよ、今一人でも欠けると大変なことになるわ。特にあなたの仕事は重要な部分だし。いいお医者さん紹介しましょうか?」
押しの強い桃果。対して、こめかみを押さえて考え込むエレカ。
「ま、たしかに、疲れてるのかもしれない。誰だってゼブダ様をブタ野郎と思っていたのは事実……いやいや、良いお医者さん紹介してくれる?」
保険委員、もとい、厚生部門を兼ねる農務委員長のノアに介添えされて、椅子に座るエレカ。辛そうな表情をしているが血色は良さそうだ。
たぶんどこも悪くないし、疲れてもいないためだと桃矢は思った。
「で、使われていないデスクトップ型一式を持ってきたの。よく観察すればわかると思うけど、国王執務室にコンピュータが一台もなかったのよ。これって殺風景でいけないわ」
パソコンのあるなしで和むかかどうかは置いといて、全く無いのも困りものだ。
外部、特に海外からのニュースを含む情報が入ってこない現状の不利さに、桃矢は気付いていた。
今日、その事をみんなで話し合おうと思っていたところだ。
「ゼ豚前国王のコレクションを整理して、使えそうなのを持ってきたわ」
桃果の「豚」という発音に、ピクリと反応したエレカだったが、桃矢は気付かない事に決め込んだ。
「衛星通信設備もあったのよね。屋外アンテナは何年も前に組み上がっているから、後はセットアップするだけよ」
小気味よく繰り出される専門用語。各委員長が、尊敬の眼差しで桃果を見ていた。
「あの、桃果様?」
「何かね? ミウラ君?」
「桃果様はコンピューターを使えるのですか?」
「いまさら何いってんの? 桃矢だって手元を覗き込みながら、たった指三本でキーボード叩けるのよ。あたしなんか片手でマウスをクリックできるわ! しかもダブルクリックよ!」
一同、感嘆の声が上がる。記録係の女の子まで手を止めて聞き入っていた。
ゼクトール国内のパソコン普及率は、世界でも最低レベルのようだった。
桃果はそこにつけ込んでいる。人、それを詐欺と呼ぶ。
「じゃ、とりあえずシステムを構築しましょうか? 外部とメールアカウントを繋いでプロバイダーを作るわよ。まずはインターネット開設ね」
桃果の脳内普及率も大したことなさそうだった。
ゼクトールの人たちにとって、知らない単語の取り違えに重要性はない。
実質的な被害はなさそうなので、桃矢も黙って頷いてるだけにした。
「じゃ、桃矢、線を繋いで!」
「え、僕? そして線?」
デスプレイと本体を繋ぐくらいならできるけど、通信設備とかになるとちょっとわからない。
だからといって、メカ音痴の桃果に任せるのはもっといけない。桃矢のノートパソコンが火を噴いたのは、桃果が使っていたときだったからだ。
「トーヤ陛下、コンピューターに詳しいんですか?」
キラキラとした眼でミウラが桃矢の目を覗き込む。気がつくとミラを除く全委員長、赤い三連星、そして記録係の女の子、全てが尊敬の眼差しで桃矢を見つめていた。
「当然じゃないですか! 任せてくださいよ!」
芦原桃矢・高校二年・十七才・男前である。
だが、悲しい出来事が。
繋がる穴と出っ張りを合わせながら接続していったが、何本かコードが余る現象が発生したのだ。
コードが余っているのにコードが足りない。ほとほと弱った。
すると、横から小さな手が伸びてきた。ミラだ。
みるみる繋がっていく周辺機器。電源が入り、デスプレイに画像が浮き上がると、桃果までもが声を上げた。
読み込ませるソフトを読み込ませ、決めるべき暗証番号を全て打ち込み、セットアップは完了した。
プラズマディスプレイ画面は、どこかのニュースサイトを表示している。
「ふっ! まあこんな物ね。でも、気をつけて! 変なサイトを開くと、小さな画面がいっぱい開いて手がつけられなくなるのよ! ケティムのサイバー攻撃は驚異よ!」
委員長達は一斉に一歩下がった。
それはたぶんサイバー攻撃じゃないと思うよ、と桃矢は言いたかった。
が、何で知っているのか? 見たことあるのか? と聞き返されると答えに詰まるので、結局何も言わなかった。
なんとなく犯罪に荷担している気がするのが、心苦しい桃矢であった。
「いよいよ明日ね」
夜の浜辺。王宮裏の浜辺で夕涼みをする桃矢の後ろから、桃果が声をかけてきた。
三夜連続で王宮を抜け出している桃矢。
身辺警護はどうなっているのか、とても心配だ。
「国連のどっかで話し合いがもたれるんだったっけ? エンスウちゃん大丈夫かな? それ以前に、無事ニューヨークに着いたかな?」
夜空を見上げる桃矢。スコール後の冷たい風が心地よい
南の空に輝く星々に桃矢の思いは馳せる。昼間、家に今までのいきさつを電話で話した。
某国際通信社の衛星通話網を使った電話だ。ケティムに盗聴されていることを前提に話さなければならかったので、詳しい話はできなかった。
電話に出たのは父だった。色々文句を言われたが、安全だと言いはっていたら何とか理解してくれた。……それは嘘なんだが。
父は、母にどうやって話を伝えるか、頭を抱えながら電話を切った。
両親との話し合いという、大きな山は越えた。
まだまだ乗り越えなければならない山は沢山あるが、その一つが明日の国連での会議だった。
「いずれにしてもエンスウに期待できない以上、ニューヨークに着いてなかろうが、道に迷って泣いていようが、予想される結果への影響は少ないわ」
桃果の悲観的な予想。その辺が桃矢も心配なところだが、どのみち公の場でケティムに敵うはずもない。
力でごり押しされ、開戦する筋書きが変わることはなかろう。
「悩みが一つ減っただけだよ。僕はこれから考える」
「なにそれ?」
桃果が変な目をする。桃矢の考えが読めなかったのだ。
「実は、あることを悟ったんだ。同じ精神力を使う行動なんだけど、悩むだけじゃ少しも前進できないって気付いたんだ。でもね、考えれば何かが解決する。良くも悪くも。だから、僕は悩むことを放棄した。悩みそうになったら考えることにしたんだ。僕は今日、一つ大人の階段を上ったんだ」
名案を思いついた子供のように、自慢げに胸をそらす桃矢。
桃果は大きく溜息をついた。
「桃矢。脳天気って単語の存在に、やっと気付いたのね」
とてもナマ優しげな桃果の笑顔だった。