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26.オゲンキデ……。

「なんだか今朝は静かだね」


 ゼクトールの朝は早い。日が暮れてすぐに眠りにつく代わり、日が昇るとすぐに生活が始まる。

 余計な電力を使わずに済むので、経済的と言えば経済的だ。……江戸時代?


 昨日の続き。

 早朝より、ゼクトール首脳陣による対ケティム対策会議が開かれようとしていた。

 眠たい目をこすりながら、桃矢が冒頭で口を開いたのだ。


「桃果様は、イルマ様の呼び出しを受け、神殿へ出向いておられます。そのせいではないでしょうか?」


 台ふきんを手に、会議用テーブルを拭いている水着エプロン姿のジェベルが答えた。


「なるほど」

 まだうまく頭が動いてないが、原因と結果による因果関係だけは理解できた。


「ところで……」

 いつか言わなければならないことは、早く言った方が良いに決まっている。


 桃矢は、赤いヘルメットに注意を移した。

 低血圧なのだろうか? 朝っぱらから青い顔をしたミウラの前に置かている。

 ショウエイのホーネット。数は三つ。

 随分使い込まれたヘルメットだ。そこかしこに傷が付いていて塗装がはげていた。


 もっと正確に言うと、赤い三連星が使っているヘルメットにしか見えない。 


「これは何ですか?」

「赤い三連星こと、ノイエ少尉、タマキ准尉、グレース曹長のヘルメットです」


 沈黙すること約三秒。


 実は、見たときから気がついていた。その意味を。

 決して戻ることのない偵察飛行に出たという意味。


 だけど、信じたくなかったのと信じられない気持ちが、頭のどこかで、その発見を遅らせていたのだ。


「なんて事してくれたの!」

 桃矢はテーブルを叩いて声を張り上げた。


 各委員長達は驚いて国王をただただ見つめる。桃矢は怒りに身を震わせていた。


「昨夜、三人と相談しました。その結果です。彼女らの気持ちをお察し下さい」

「察せないし! すぐに呼び戻すんだ!」

 桃矢はこの地に来て、初めて怒りの表情を見せた。憤怒の形相でミウラを睨む。


 対してミウラは一歩も引いていない。表情を変えることなく、桃矢を正面から見据えている。


「できません」

「なぜ?」


 桃矢の問いに、ミウラが黙った。しかし黙り込んでいた時間は短かった。

 でも、三人の顔を思い浮かべるには充分な時間だった。


「ゼクトール空軍は、フランカーの出現によって無力化されました。最も悔しがったのはあの三人です。昨日、トーヤ陛下がおっしゃるまでもなく偵察飛行の重要性は解っておりました。だから昨夜、あの者達と相談したのです」


 真っ直ぐ桃矢を見つめ……いや、桃矢の目を見られないでいるミウラは、桃矢を透かして後ろの壁を見ていた。


 静まりかえる会議室。誰も口を開かない。


「ミウラさんは理解しているのか? 対空砲に落とされるか、フランカーに落とされるか、いずれにしろ手も足も出せずに、殺されに行くようなものだよ?」


 全く理解できない。桃矢には理解できない行動だった。


「彼女たちはヘルメットを残していきました。どうせ帰って来れぬのだから、身を守る物など必要ないと。パラシュートも積まないと。少しでも重量を軽くして飛んでいきたいと!」


 行き過ぎだ!


 ゼクトール人の純粋さはわかっていた。純粋さが暴走するととんでもないことになる。

 桃矢は彼女達を理解しきれていなかったのだ。


「責任はわたしにあります! 命令を出したのはわたくしです!」

「どんな命令出したんだよ! 精神力で帰ってこいとでも言ったのかい?」

 桃矢の声は大きく荒い。答えによっては爆発しそうだ。


 ミウラは、桃矢の追求に再び黙り込んだ。

 完全に桃矢から視線を外し、天井の隅を見つめていた。

 それは、何かを思い出している風にも見えた。


「あの者達に、……死んでくれと命じました!」


 桃矢は言葉に詰まった。

 理解不能。


 ミウラが上を向いたのは、桃矢の視線から逃れるためだけではない。涙を堪えるためだ。


 桃矢はゼクトールの危機に死ぬ気を持ち合わせていなかった。そんな甘い桃矢は、月並みなセリフしか言えなかった。


「それで彼女たちは何と?」

「死んできます、と。笑って……」

 ミウラが泣いた。気丈夫のミウラがボロボロと涙を落としている。


「やはりそれはできない。許されることではない。ナニだよ、そう、軍部の独走は許されない。彼女たちと話がしたい。無線があるはずだ。案内してください! これは国王命令です!」


 ミウラに桃矢の命令を断る権限はない。彼女が先頭に立って桃矢を案内した。






「国防委員会室です」


 案内されたのは、王宮の一階部分奥。先程までいた会議室の斜め下だ。


 こぢんまりした部屋だった。


 正体不明の機器類を乗せた小さなテーブルが二つ。スチール製の事務机が一つ。

 長椅子が一つに、茶器が入った小さな食器棚と洋服掛けが一つずつ。

 それがゼクトール軍統合本部の全てだった。


 無線機らしい機器の前に座っていた少女が二人、桃矢の入室に驚き、立ち上がって敬礼をする。

 オペレーターだろうか? 一人はヘッドホンをつけたままだった。

 ちょっと戸惑ってから、ぶっきらぼうに手を挙げて応える桃矢。


「三人との連絡は?」

 単刀直入に桃矢が聞く。


 陛下に直接お声をかけられ、オペレーターは堅くなって答えた。

 連絡が取れるか? との問い。だがそれを敵艦発見の連絡があったか? との意味に捉えた。


「今は……まだ……」

 オペレーターが不自然に言葉を切った。視線を無線機に合わせ、眉をしかめている。


「今通信が! 失礼します!」

 年代物の無線機に向かって座り、ダイヤルを回して調整する。


「タマキ准尉より入電! モールス信号です!」


 一気に緊張が高まった。

 もう一人のオペレーターがメモを片手に、ヘッドフォンの子が話す言葉を書き写しながら桃矢達に伝える。


『ワレ、テキカンタイト、ソウグウス』 

「うわ、遅かった! てか、なんでモールス?」

 頭を抱える桃矢。


 対してミウラは冷たいくらいに冷静だった。


「気休めかもしれませんが電波妨害対策です。タマキ准尉が通信を担当していま

す。彼女は片手で操縦ができないため、発信器を口で操作するとのことでした。ちなみに、写真撮影はグレース曹長。ノイエ少尉とタマキ准尉は、グレース曹長が写真撮影に成功した後、敵を引きつけるため敵艦隊へ突入の予定です。グレース曹長は、自機が撃ち落とされる直前に、保護パックに詰めた撮影機材を投下。海軍の船および、ゼクトールの民間船総出で機材を拾い上げる計画です」


 ミウラも計器を見ている。針が微妙に動いているのを見つめているのだ。

 桃矢は口を開かない。もうここまで来てからの後戻りは不可能だと知ったからだ。


「入電、再開しました。『クウボ、イチ。オオガタクチクカン、サン。コガタクチクカン、ジュウイチ。ソノタ、オオガタセンエイ、ニ』通信中断しました!」


 声が出ない! 熱がこもる。桃矢は拳を握りしめていた。


「通信再開です」

「ほー!」

 熱い息を吐き出す桃矢。しかし予断は許さない。


「報告します。『オオガタセンエイハ、キョウシュウヨウリクカント、ヘイインユソウセント、オモワレル。クウボヨリ、テッキ。ハッカンスウ、ロク』通信中断!」


 桃矢の手の平から汗が噴き出している。


「ミウラさん、もう充分だ! 早く引き返させるんだ!」


 叫ぶ桃矢。無駄とは知りながらミウラが通信機に手を伸ばす。

 だが、それよりタマキ准尉からの入電が先だった。


「通信再開。『サツエイセイコウ。グレースキ、ハンテン。ノイエキ、トツニュウカイシ。ワレモ、コレヨリトツニュウス』通信中断!」


「ミウラさん早く!」

 桃矢が叫ぶ。


 しかし、ミウラはアクションを起こさない。

 帰還を命じても彼女たちは従わないだろう。タマキ機とノイエ機が突入しなければ、グレース機が帰れないからだ。


「通信再開。『ゼクトールニ、エイコウアレ。トーヤヘイカ、オゲンキデ。ワレラ――』通信途絶えました」


 言われるまでもない。激しい雑音と、大きく振れるアナログメーターの針。


「空母、一。駆逐艦、三。フリゲート、十一。強襲揚陸艦、一。兵員輸送艦、一。桃果様の予想とほぼ一致します。……お許し下さい、トーヤ陛下」


 うなだれるミウラ。肩が小さく揺れている。


 桃矢は、ズボンの後ろポケットを探った。


 くしゃくしゃのハンカチをミウラに差し出すしか、他にすることがなかったからだった。

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