22.ブレイブ・ガールズ
「一生の不覚!」
あの後、我に返った桃果。そう呟いて地団駄を踏んだ。
激しく悔しがった。苦虫をダース単位で噛みつぶして咀嚼しまくっていた。当たる者全てを切り裂くオーラを出していた。
「桃果様は敵戦力分析になくてはならないお方です。どうか御気を確かに」
ジェベルの一言で復活を遂げた桃果。「ブタもおだてりゃ――」の枕詞を唱えた桃矢がマットに沈んだ時も、誰も口をはさまなかった。
「状況を整理しましょう!」
下まぶたの赤味が取れてない桃果であったが、気合いを入れて仕切り直した。
まぶたが赤い理由を作った本人だという自覚が、桃矢に笑みを作らせていた。
だが、桃果の刺殺するような視線の前には脆いものであった。
「ケティムのゼクトール侵攻は火を見るより明らか。予想として、敵第一目標はミョーイ島上陸。最終目標はゼクトール本島の接収!」
最前列に、桃矢と国防委員長のミウラが座っている。
「敵と戦うにはまず味方から。では、ゼクトールの戦力! これはミウラ国防委員長、あなたから説明してちょうだい!」
誰が国王かよくわからない図式だが、今の桃果に逆らう勇者はいなかった。
「まず、ゼクトールが誇る空軍ですが……」
ミウラが途中で言葉を切った。アレが誇れるのか? という桃果の視線がミウラに突き刺さったのだ。
「まず、ゼクトール……空軍ですが、保有機はミグ17―PF改良型が三機」
多少控えめな表現に言い直すミウラ。桃果は目をつぶってウンウン頷いている。
桃果の額に深く刻まれた皺を見た桃矢。
きっと、赤い三連星の着陸シーンを再生している最中なんだなと思った。
「海軍が保有する艦艇は高速艇が三隻」
「……高速艇の事をもっと詳しく。装甲は?」
桃果の疑り深い誰何が飛ぶ。
「も、木造の中古漁船に鉄板を貼り付けた――」
「次! 陸軍!」
容赦のない桃果であった。
「十日前、自警団から格上げした――」
「次っ! 対空砲やミサイルは? 対艦攻撃用の固定兵器は? 地上兵力は?」
だんだん、桃果の目が水っぽくなってきた。
「固定兵器はありません。ミサイル類は携帯用を含んで保持しておりません。ただし、義勇兵の募集を致しましたところ、大多数の参加希望者であふれかえりました。事務処理が追いつかないほどです!」
プルプルと震えながら、何かに耐えている桃果。握りしめた小さい拳が白くなっている。
「しかし、兵の士気は高まっております。皆、死を恐れぬ勇敢な戦士共です!」
羅列された勇猛な単語の一部で、声を裏返してしまったミウラ。聞いている方は、なんだか言い訳に聞こえて仕方ない。
当然、桃果のチェックが入る。
「練度は? 男女構成比は? 平均年齢は?」
「一週間前より訓練に入りました。皆、愛国精神に溢れた若者ばかりでとても熱心です。おやつの持ち込みも殆どありません。構成比は女が百に対して男ゼロ。これは国内の男女構成比がそのまま現れたもので、やはり統計学は実用的かと思う所存です。次に平均年齢ですが、これは高いです。一五.七才! 独身者を優先的に採用したせいかと思われます」
どんどんグダグダになっていくミウラの報告。どんどんやつれていく桃果。
喋ってる方のミウラも、聞いている方の桃果も、見ていて痛々しかったのだった。
「次っ! 敵戦力の分析と情報。これはあたしが話すわ!」
気合い一閃! 気持ちを持ち直す桃果。そうだ、これがいつもの桃果だ。彼女は見た目より強い心を持った少女だ。桃矢は、居残ったことが正しかったと確信した。
ホワイトボードの前をウロウロしている桃果。先生よろしくマーカーを後ろ手に持ってふんぞり返っている。
「敵空母は重航空巡洋艦ってのが正式名称だけど、ここはあたしの趣味で戦術航空巡洋艦って呼ばせてもらうわね。そっちのほうが正しいイメージを持てるしね」
何が正しいイメージか? 桃矢には解らなかったが神妙に頷いておいた。
変に突っ込むと、傷が増えるだけのような気がしたからだ。
どうせ、ここにいる者達にとって「戦術」でも「重」でも、あまり違いはないだろうから。
なぜなら、国防委員長のミウラを筆頭に全員、海軍兵器に関する知識が皆無に等しかったからだ。
「戦術航空巡洋艦。それって空母には違いないけど、赤城やエンタープライズやカールビンソンみたいな移動式空港タイプを想像してもらっては困るわ。そうね、上部構造物の少ない大型巡洋艦を想像してみてほしいの。それでも公式最大搭載数は、四十機を誇るわ!」
そう言って桃果は、カキコキとホワイトボードに、なにやら幾何学模様を描いた。
「排水量五万五千トン。空母につきもののカタパルトは付いてないわ。艦載機は、艦首構造物であるスキーのジャンプ台みたいなので発艦するの。ここよ!」
桃果は絵の左端を赤のマーカーで大きく囲んだ。
「あ、それ空母だったの? 僕はてっきりグラフだとばかり……、いえ何でもないです」
桃果の厳しい視線に絶えられず黙り込む桃矢。突っ込んではいけない場所だったらしい。
「え? オレはてっきりアフリカ大陸の略図だとばかり……」
「ロールシャッハ・テストじゃなかったんですか?」
開戦決意後。ゼクトール首脳陣に、初めて動揺が走った。
「艦載機タイプのフランカーを二十機搭載してるはずよ」
一切の因果律を断ち切るかのように大声を出す桃果。頬が赤い。
「質問です! 桃果様!」
財務委員長のマープルが、起立して挙手した。
「はい、マープル委員長」
桃果が指名する。
「なぜ二十機しか搭載してないのでしょうか? 四十機まで搭載できるのでしょう?」
確かに、桃果は冒頭で四十機搭載と言っていた。
「いい質問です、さすが財務委員長。数字に詳しい。タネを明かしてあげるわ。それはね、ケティムがロシアより購入した、完成品のフランカーが二十機だったからよ」
自慢げに腕を組む桃果。口元が斜めに笑っていた。たぶん、笑みに意味はない。
「フランカーを二十機落とせば丸裸になるって事でありますか?」
丸裸以前に、どうやって二十機も落とすのかが問題だろう、が、あくまでもたとえ話。桃矢は突っ込むことを控えた。
「甘いわね。巡洋艦って名称が付く以上、兵装も戦闘艦らしく充実しているわ。いい? 今から標準固定兵装を話すから、メモ取りなさいよ!」
そう言って、大きく息を吸い込む桃果。
「対空ミサイル百九十二セル。対艦巡航ミサイル十二セル。近接防衛システム八基。三十ミリガトリング砲六基。対潜ロケット二基。どおっ?」
息を継ぐことなく一気にカタログスペックをしやべり終えた。ミウラをはじめ、ここにいる女の子達は、ただ口を開けて固まるだけだった。
メモなど取っている者はいないのであった。
……素人がメモを取ってもあまり意味はない。とも言える。
次話「第一回国防会議」