16.ミョーイ島
「洗いざらい白状なさい!」
王国会議室に桃果の怒声が轟いた。居並ぶ委員長達は、三名を除いて、うなだれたまま自席に座っている。
自分の性格じゃねぇ、とばかりに窓の外を向いているエレカと、何を考えているのかどこに焦点を合わせているのかわからないミラ。
そして、拳を固く握りしめ、真正面の壁を睨み付けているミウラの三名を除いて。
何かある。彼女たちは、致命的な何かを隠している。
桃矢はそう思った。
そしてそれは、ゼクトールの領空を簡単に侵した三機の新鋭戦闘機に関係ある。戦闘機が絡む以上、生暖かい部類の問題ではないはずだと。
青い顔をしたミウラが口を開いた。
「実は……、我がゼクトールは――」
「わたくしがお話しいたします」
ミウラの言葉を遮ってジェベルが席を立つ。
ニコニコした顔のままだ。
「トーヤ陛下のお役目は、予定通りもうすぐ終わります。終われば、あとは、我々の問題です。お二方にはなんの関係もございません」
ジェベルの笑顔はいつもの笑顔。髪の毛ほどの隙もない。だけど無理をしている。
「緊急事態とはいえ、強引な手法でトーヤ陛下を親御様の元からゼクトールへお連れしてしまいましたが、それも、すぐにお返しすることが大前提。その条件があればこそ、日本政府と親御様の了承を得られたのです。トーヤ陛下と桃果様お二人は、予定通り明日日本へ帰国していただきます。それが我々の……いえ、わたしの書いた筋書きです。申し訳ありませんでした」
全ては自分の責任だと、深々と頭を下げるジェベル。残り八人の委員長も頭を下げた。
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ!」
二つの拳でテーブルを叩きつける桃果。眉が危険な角度につり上がっている。
このモードへ移項した桃果は手がつけられない。桃矢の十七年にわたる経験から得た知識である。
「桃果ちゃん、そんなふうに怒らなくても。皆には皆の事情ってものがあるんだろうし」
「バカ桃矢! だからあんたはお人好しって言われるのよ!」
怒りがこちらに向いた。お人好しと言われて平然としていられるほど桃矢はお人好しではない。しかし、逆らうのは愚作。
桃矢は両手を挙げて降参のポーズを取る。
「あれは、威力偵察よ! 違う? フランカーはイーグルを凌駕する格闘性能を持ちながら異常なまでの航続距離を有しているわ。だけど、いくら超長距離を飛べるからって、ケティム本国からじゃさすがに燃料が持たない。なのに姿を現した。ってことは近くに滑走路がなくちゃいけないの! つまり――」
ぐるりとみんなの顔を見回す桃果。
「空母が近くの海にいるって事!」
各委員長の顔色が目に見えて寒色系へと変化した。
「空母一隻で軍事行動はできないわ。艦載機を飛ばして偵察行動に出たってことは、ケティムは既に防空駆逐艦やフリゲートを含んだ艦隊を展開し終わっているのよ!」
規模はわからないが、ケティム海軍は、ゼクトールの領海付近で艦隊行動を取っている。そして、真っ昼間から堂々と領空を侵犯してみせた。
これは挑発行為に他ならない。
しかも、前国王の死後まもなく、新国王即位式当日の確信犯。最悪の挑発行為である。
政府首脳部は冷静に対処できたとしても、一般民衆の心理面はそうはいかないだろう。
敵の狙いは正しくそれと容易に推測できる。
現にゼクトール軍は対処できなかった。
それは国民にゼクトール空軍力の、そして防衛力のなさを知らしめすのに充分なデモンストレーションである。
「ケティムとの間に何が? なぜゼクトールのような、何もない国が狙われるの?」
桃果の眉は上がりっぱなし。いまにもジェベルに掴みかからんとする勢いだ。
ジェベルの顔から笑みが消えている。わずかに目が伏せられた。
「あたしはゼクトールが好きなの! あなた達のお父さんやお兄さんが好きなの! 出稼ぎに出ている男達に変わって、必死で国を切り盛りしている女性が好きなの! だからお願い、あたしにも教えて!」
桃果の眉が下がった。背中も丸くなった。
そういえば……、親の離婚という一件もあり、桃果は大家族的なこの国の気質を気に入っていたっけ。
桃矢は桃果に感情移入していた。
「国王として何も知りませんでした、では通らないよね?」
桃矢もジェベルに理由をたずねた。
「知らないまま、観光気分で帰国していただければ、と一同考えておりましたが……やはり、お話ししなければなりませんか」
溜息一つ。ジェベルは席を離れ、壁に貼られたゼクトールの地図に歩み寄る。
「神殿をご案内させていただいたとき、遠くにミョーイ島をご覧になられたでしょう?」
「ああ、あの変な形した無人島?」
頭の中に画像を再生する桃矢。綺麗という言葉では表現できない海の色と、黒い直角三角形の島が脳裏に浮かんだ。
「最近、ミョーイ島の沖合で、大規模な海底油田が発見されました。当然、ゼクトールの経済水域内です」
壁に貼られた地図の一点を指し示すジェベル。
「中東の油田に匹敵する埋蔵量が予想されるそうです。この油田が開発されれば、石油枯渇問題を五十年は先送りできるそうです」
「だから岬に立ったとき、オイル臭がしたのか」
桃矢は、綺麗な海にそぐわない匂いを鼻の中に再生する。
「イイじゃないそれ!」
無邪気に喜ぶ桃果。石油が採れる国は例外なく金満国だ。
貧乏国ゼクトールも、これで一躍大金持ちになれる。全ての問題が片付くはずだ。
桃矢も桃果のように手放しで喜びたいところだが、そうはいかないらしい。
ジェベル達の顔を見ていると、胸中に不安感が広がっていく。
「それ自体は喜ばしいことですが、問題が三つばかりございます」
「まさか?」
桃果が嫌そうな声を出す。桃矢もだいたい想像がついた。
「一つは、油田を発見したのが、何故か遠い異国のケティムであること」
また面倒な……。それだけで桃矢は、頭が痛くなってきた。
「二つめは、ケティムが……ミョーイ島のケティム所属権を主張してきたことです」
「なにそれ?」
桃果、本日二回目のテーブル叩きであった。
次回「三つ目」