15.襲撃! 新鋭戦闘機!
「確かにミグね」
息を切らしながら桃矢が空港にたどり着いたとき、桃果が空を睨んで唸っていた。
ここは今朝降りた空港だった。たった一つの空港は空軍基地と兼ねているようだ。
近づいてくる金属音に気付く桃矢。南国特有の強烈な日差しを手で遮りながら、青く澄み切った空を見上げる。
轟音と共に頭上を飛び去る三機編成の赤い機体。
「あ、僕あれ知ってる! 見たことある! 古い映画に出てた!」
それは、ジェット開発初期の戦闘機。
単発のジェット機関に、直でブーメラン型の翼を取り付けたスタイル。ビジュアル的に言えば、翼の生えた鯉のぼり。
「ミグ17。ベトナム戦争で活躍した戦闘機。ジェットエンジン黎明期の機体よ。よくもまあ、こんな骨董品があったものね? 空を飛べる地球最後の三機じゃなくて?」
見た目以上に静かな桃果。何かをぐっと堪えているようだ。
「でもさ、性能じゃなくて腕が一番だよ。模擬演習でイーグルを撃ち落としたファントム乗りもいるって話だし」
性格なのだろうか、桃矢は無意識にゼクトール空軍を擁護する。
「ほら見て、みんなすごい腕だよ! 三機ともワイヤーで繋がっているかのように左へターンして……あ、一機遅れて……ものすごい遠回りしてる」
なんだか見てるのが怖くなって、目を反らそうとしたけど、反らした先にはもっと怖い顔をした桃果がこっちを睨んでいたので、元に戻した。
「着陸態勢に入りました」
ミウラが空を指さす。
見ると、一機が高度を下げて滑走路に進入してきている。
さっきの編隊飛行を見た桃矢と桃果は、無口になっていた。
無意識にミグの、ひいてはパイロットの無事を祈っていたのだ。
着陸態勢に入ったミグは、滑走路のコンクリすれすれ、機首をわずかに持ち上げ、後輪から接地する。
ズンズンと滑走路を進んでいくミグ。滑走路を全部使うつもりなのだろうか、滑走路の端っこまで来て……一機体分オーバーランして止まった。
すぐさま、地上クルーが駆けつけ、滑走路よりミグを退去。
心なしか慌てているように見えるのは、すでに二番機が滑走路への進入行動を開始していたからかもしれない。
手に汗握る桃矢と桃果。生命の危機を感じて息を詰めている。
二機目も無事接地。摩擦熱でタイヤから黒煙が吹き出す0 。二十メートルもオーバーランして停止。フェンスのない空港が幸いした。
三機目が下降していた。フラップフルダウン、タイヤも出ている。まだ二機目が滑走路から片づいてないのに!
しかも、左ターンに失敗して大きく旋回していた機体だ。
管制塔はこの機にナニを指示しているのか?
赤い三連星の機体は無線を積んでいないのか?
地上クルーは間に合うのか?
未熟な者から着陸というセオリーは無視か?
ものすごい音がして後輪が接地した。バーストしなかったのが不思議なくらい。
しかし、なかなか前輪が接地しない。桃矢と桃果の噛みしめた歯茎に力が入る。
無限に続くような数秒が過ぎ、倒れ込むようにしてやっと前輪が接地した。
かなり距離を消費してる。滑走路に二番機はない。地上クルーが間に合った!
このクルー、ハンパねぇ! チョーすげぇ! 桃矢と桃果、きつく拳を握っている。
三号機は、すでに空港とは言えない荒れ地で無事、翼を休めていた。
ゼクトール空軍機、全機着陸完了!
「ほぉーうぅ!」
長い溜息が二人の口から漏れた。
「なんか、……なんか、こう、長い映画を一本見たような気持ちになってる」
桃矢が汗を拭ったのは、真昼の太陽のせいばかりではない。
さすがの桃果にも疲れが見えた。背中が丸い。
「トーヤ陛下、若鷹達を紹介いたしましょう」
ミウラが手を広げて、赤い三連星チームを迎える。
エンジ色のスーツをまとった者が三人、コンクリで歪む大気の向こう側から、こちらへ走ってくるのが見えた。
パイロットスーツというより、身体のラインが浮き出た革のライダースーツ。
小脇に抱えたヘルメットは、どう見ても日本製オフロードバイク用。
近代的な装備にはとても見えない。
「小隊隊長のノイエ・コンチェル少尉、十五才です!」
「副隊長のタマキ・ファタジー准尉、十四才です!」
「隊員のグレース・シンフォ曹長、十三才です!」
揃って敬礼した。やっぱり女の子だった。
みんな元気だ。とにかく元気だ。そして明るい。笑顔が可愛い。胸が大きい。それ以外、彼女らに何を期待すればよいのか?
「まあ、そんな事だろうとは思ってたんだよな」
腕を臍下で交差した丁稚立ちをしている桃矢。
「ちなみに、みなさん飛行時間はどのくらい?」
こめかみを押さえながら桃果が聞いた。頭が痛いのは、遠くの空から聞こえる排気音のせいだけではない。
「ちょうど四十八時間です」
タンポポの様な笑顔を浮かべるノイエ少尉。平和だ。
「わたしは今ので三十時間になりますね」
ニコニコ顔のタマキ准尉。楽しそうだ。
「わたしはまだ十八時間ですぅ。二人の足元には及びませんですぅー」
ベソをかくグレース曹長。もうどうフォローして良いのかわからない。
ノイエがグレースの肩を優しく抱く。
「そんなことないわグレース。たった三十時間の差よ。一日ちょっとじゃない!」
タマキもグレースの肩に手を置いた。
「わたしとは十二時間差ね。ちょうど半日よ!」
二人の慰めに顔を上げるグレース。笑顔が戻っている。
「うん! わたし頑張る!」
三人は堅く手を握りあったのだった。
「だーぁっ!」
両の拳を振り上げ、滑走路の端まで轟く雄叫びを上げる桃果。目が血走っていた。
「ちょっとそこの中学生! よくもそんな危なげな飛行時間でジェットに――」
桃果のシャウトは途中で遮られることとなる。
ゼクトール空軍基地兼、国際空港上空に、爆音が轟いた。
桃矢は雷雲を探していた。何の音かと聞かれれば、雷と答えたろう。だが違う。雷鳴なら一瞬である。雷鳴はこれほど長く続かない。
西の空から現れた三機編隊。あの高度であの移動速度。完全に音速を超えている。
肺腑を微震動させるこのバリバリ音。固体化した大気を破壊する音なのか?
尖った機首。コクピット下から主翼へ、流れるように張り出したスカート。背の高い二枚の垂直尾翼が特徴的な大型戦闘機。
「あれはフランカー!」
桃果が叫ぶ。
「ケティム海軍マーク確認!」
次いでミウラが叫ぶのと、最新鋭戦闘機が空軍基地上空を通過するのとが一緒だった。
ブルーグレーに迷彩塗装された三機のフランカーは、二基装備されたエンジンのノズルから薄黒色の排気ガスを散らし、北へ九十度ターン。
当然、一機も編隊を乱さない。
さらに左へ九十度ターンし、元来た方向、西の空へと消えていった。
防空サイレンが鳴り響いたのは、姿形、そしてエンジン音までが消え去った後だった。
次話「ミョーイ島」
戦争です。