13.昔々の事じゃった。
息せき切って、地下神殿より飛び出してきた四人。女官から差し出された水を、シンクロナイズして飲み干していた。
「何だったんでしょうね? あれ」
後ろを振り返る桃矢。門の向こうに連なる通路は、暗黒の口を開けていた。
「おそらく、先王の遺産なのだ」
どうも、イルマには何か心当たりがあるようだ。
「先王のゼブダが、神殿地下の空いた部屋に、なにやら機材類を持ち込んで工事していた時期があったのだ」
「ふ、ふふん! 幽霊の正体見たり枯れ尾花ってところね。そんなもんだと思ってたわ!」
二杯目のコップを空にした桃果が、偉そうにふんぞり返っている。
みんなで逃げている最中、彼女の小さい背中は、遠ざかることはあっても近づくことはなかった。
あの上り坂であの距離をあれだけのスピードを維持したまま走り続けた桃果。この華奢な体の何処に、あれだけのパワーがあったのだろうか?
いやいや、まてよ。偉そうなこと言ってるが、あの部屋から一番先に逃げ出したのは桃果ではないか、と桃矢は思ったが、後が怖かったので口には出さなかった。
「何よその目?」
あからさまに非難する桃果の目力に、小さくなる桃矢だった。
「どうせろくな事考えてなかったんでしょ! それより、先代のオ豚さんはここへ何を運び込んでいたの?」
「豚ではなくゼブダなのだ。……あの者が商社に騙されて買い込んだ、大型の情報処理機器が設置されているのだ。島中にネットワークを張り巡らせるとほざいておったのだ。結局、宮殿にスペースが無くて、神殿の空き部屋にしまい込んだのだ。どうせ、係の者が電源を入れて点検していたというのがオチなのだ」
皆、一様に肩の力を抜く。正体に予想がつけば何のことはない。
「所詮、タネのない奇跡はないのだ!」
堂々と言い放つイルマに三人の目が集まる。
お前が言うな!
六つの瞳がそう叫んでいたのだった。
「大ヌル神は、この世の全てを造りし巨神。しかし巨大すぎて、人類の世迷いごとはお耳に届かぬ。よって、自らの力を分け与えし神を作られた。世に散らばりし幾多の神は、全て大ヌル神の子。連中は、神とは呼ばれしも巨神とは呼ばれぬ」
ここは天井が高く、明るい建物の中。
教会だか祈祷所だか、……祈りを捧げる場所に違いなかろうが、……まあそういった所でイルマの即席説教会が開かれている。先ほど、地下神殿で執り行う予定だったアレだ。
「巨神が産み落とせし兄弟神達は、地球上へと散らばった。ある神々はヨーロッパ半島へ、ある神々はアジアへ。アフリカ大陸、南北アメリカ大陸、オセアニア、そして日本へも。人々をよりよく導くために、数えきれぬほどの神々が散らばったのだ。我らの教典では、この世で神と敬われる存在は、全て元は同じ。全て同じ根源より生まれし者。宗教観のいさかいなど、無知な人間が起こした従兄弟同士の喧嘩なのだ。神々は、さぞや迷惑しておることであろう」
イルマの鼻の穴が膨らんだ。真理を知るものは常に偉そう。テストの正解を知ってる者は、確かに賢いからね、と桃矢は思った。
「で、たまたまゼクトールを担当なされたのが、クシオ様なのだ。地方の神様だからといって縮こまる必要はない。なにせ、四大宗教とは兄弟だからの。どの神様に祈っても、最終的に大ヌル神に届くという寸法なのだ」
人差し指をピコピコさせて自慢するイルマ。桃矢は、何かに似ているなと思った。
……新しいゲーム機を買ってもらって、友達に自慢する子供に似ている。
「神話ってのは、えてしてそういったものよ。で? ゼクトール創世記の話はあるの?」
いつもの笑顔で先を促す桃果。桃矢は知っている、桃果は投げやりなのだ。どうせ次は創世記の話だろう。早く話を進ませて、一刻も早く終ってほしい。そう考えている。
桃矢も同じ事を考えていたので、口をはさんだりはしなかった。
「元来、人類は世界の頭上に存在した天界で住んでいたのだ。しかし、原初の人間達がドジを踏んだ結果、天界が壊滅的な被害を受けたのだ。追い出された人々が、天翔る帆船タミアーラに乗り組み、クシオ様に導かれるまま地上に向かった。クシオ様によってタミアーラの船長兼水先案内人に指名されたのが、王家の始祖ゼクト神王。打ちのめされた人類が彷徨うこと幾年月。たどり着いたのがこのゼクトール島なのだ」
どうだ恐れ入ったか、とばかりに鼻の穴を膨らますイルマ。誰かと似ている。桃果だ。
「神に指名されたにしては、十年も彷徨ったのかよ?」
「醜い権力闘争が目に浮かぶわ」
桃矢と桃果のひそひそ話が始まった。
「リンゴの話とノアの箱船伝説が混じってるわね?」
「スサノオが高天原を追放になった話も混じってるよ」
桃矢は桃果より、その辺の話に詳しい。
神の話をしたイルマは、胸に手を当て目を閉じて祈る。堂にいった神官長だった。
「そのあとも、ゼクト神王を慕った者共が、いろんな土地から小舟に乗ってやってきた。神王は懐の深いお方。来る者は拒まずの姿勢なのだ。ゼクト神王の元、人々は新たな世界を築き上げたのだった。おしまい」
イルマの話は終わった。
ゼクトール島周辺は滅多に風も吹かず、海域は速い潮が囲っている。周囲数千キロにわたって島もない。十年に一度あるか無いかの暴風雨に遭遇せねば、遠方への移動は不可能。
それは、暴風に巻き込まれるという事故にあった者で、小数点がつく生存確率を手にした強運の持ち主だけがゼクトール島へたどり着けたという意味。
そして、同じ確率を再び叩き出さねば、故郷へ帰れぬと言うこと。
いろんな肌の色と、いろんな目の色をした人種が混ざり合ったのだろう。
例えば、外務委員長のサラは、どう見ても生粋の日本人にしか見えない。
ジェベルはゲルマン系の血が濃そうだ。
財務委員長のマープルはネイティブアメリカンの血が混じった、明らかな混血だ。
そしてミウラに至っては……ミウラの顔と目の色はヨーロッパでよく見るタイプ。そして髪がプラチナゴールド。だが、きめが細かく浅黒い色をした肌はミクロネシア系。どの人種にも分類しにくい。逆に複数の人種の特徴を持っている。
様々な肌と髪と目の色が混ざり合った結果。それがゼクトール人の特徴。
様々な神が融合し、妥協し合った結果、今のゼクトール文化ができあがったのだろう。
桃矢はふと思った。ミウラやマープル達の素材となる人種は想像がつく。よく知っている人種だ。
ところで、「青い肌」をしたイルマはどんな混ざり方をしたのだろう?
ジェベルが儀式ばって頭を下げた。
「さて、これで正式にバルギトル政権は終り、新たにウハウハ政権が誕生いたしました」
「ちょっと待って、ちょっと待って! ウハウハ政権てなに?」
ジェベルが話した言葉の一部に納得いかず、食らいつく桃矢。
「恐れ多くも前国王陛下の正式名は、ゼブダ・バルギトル・ゼクトール。ちなみにミドルネームは母方の姓です。そして、トーヤ陛下の祖祖母様は、キリア・ウハウハ・ゼクトーラ様。名家ウハウハ家の姫様です。よってこれから陛下は、トーヤ・ウハウハ・アシハラ・ゼクトールと名乗っていただく事になります。ちなみに、ウハウハとは日本語で『節度ある人』という意味です」
見つめ合う瞳と瞳。桃矢とジェベル、二人の目である。もっとも、片方は点目であるが。
「なるほど、それでウハウハ政権と! 響きと意味がとてもよろしくてよ」
そう言った後、桃果は笑いすぎで呼吸困難に陥ったのだった。
次回「虚弱体質」