表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/41

11.アンダー・ザ・グラウンド

「即位の儀には陽と陰、二つの儀式があるのだ。そこ! よそ見して遅れるでない。神殿地下はラビリンス。迷子になると生きては出られないのだ」


 暗闇の中、イルマの持つランタンの光だけが頼りだった。


 外からは想像もできない長くて複雑な回廊を、下へ下へと降りていく。石造りであろう、すり切れた階段を下りた先。桃果の愚痴を聞き飽きた頃、材質不明の巨大な扉の前に出た。


 馴染みのない幾何学紋様が、シンメトリカルに描かれた重量感溢れる観音開きの扉だ。


 片面だけでも十トンは超えているだろう。

 開く仕掛けがどこかにあるはず……。


「ここなのだ」

 そういってイルマは、軽く扉に手をかけた。


「え?」

 扉は、音もなく軽やかに内側へ開いた。桃矢を迎え入れるかのように闇が口を開ける。


 どうやってあの重さを打ち消したんだろう? 桃矢は不思議に思った。


 桃矢の疑問を置いてきぼりに、無警戒で入っていくイルマ。


「さあ、入るのだ」

「おじゃまします」


 つられて足を踏み入れる桃矢。入ったは良いが、見えるのは桃矢の四方、数メートルの床だけ。


 細くて長い通路を歩いていく。皮膚感覚や音の反響具合で、そこそこ広い空間らしい事だけは解る。

 やがて前方に柱が現れ、通路は行き止まりとなる。


「ちょっと乱暴であるが、……これを見るがよい」


 イルマが懐から取り出したのは、不格好な拳銃。

 彼女は特に目標も決めず、仰角四十五度で弾を打ち出した。


 上空で白色光が爆発する。

 照明弾だった。


 ここは、巨大な空間。ドーム球場を何個も立体的に積み重ねた広さだ。 


「な、なんだ?」


 目前の柱は、空間の中央で天と地を繋ぐ巨大な円柱だった。

 正面左に浮かび上がったのは、赤い女神の巨大な座像。

 正面右に写ったのは、鎧に覆われた黒い鯨の巨像。


「なによ、これ?」


 左後ろに影を落としているのは、鱗に覆われた青い巨木。

 右後ろの小さな白い影は、長毛に覆われた四つ足の獣。


 桃矢と桃果は、ドーム中央の柱まで伸びた、細長い渡り廊下状の通路に立っていたのだ。


「クシオ様配下に五神あり。

炎の女神にして戦の神、全てを否定する赤のファム・ブレイドゥ様。

水の神にして癒しの神、全てを肯定する黒のブレハート・ドノビ様。

木の女神にして生けるものを育てる神、全てに力を与える青のヴィム・マクス様。

鉄の神にして実りと収穫を約束する神、全てに変化をもたらす白のファール・ブレイドゥ様。

そして、大地の神にして巨大な船、物言わぬ黄色のタミアーラ様。

この五柱がタミアーラと共にゼクトール島へ降臨なされ、いまもどこかで確実に眠っておられるのだ」


 胸に手を当て目を閉じて祈るイルマ。神と神にまつわるコトバを口にした神職者は、神聖な何かに祈るもの。


 大事な話なのだろう。……聞いてる桃矢にとっては、ただの長ゼリフに過ぎないが。


 やがて、照明弾は地に落ち、消えてしまった。周囲は前にも増して闇に包まれる。


 目で判別できるのは、小さなランタンの光が届く範囲。


 テラスの先端。小さな構造物から、ジョイステックのような突起が一つ出ていた。

 周囲の巨像から考えて、……無理やり考えて、蛇を模したと思われる。


 桃矢の腰あたりの高さから生えている蛇は、四十五度に伸びて、桃矢の喉元あたりの高さで大きく口を開けている。


 明かりに不自由する中、目をこらしてみると、蛇像の口に埋め込まれた、水晶らしき透明な半球体が見て取れた。


 イルマの説明が続く。


「陰の儀式は、王位を認めるもの。そして陽の儀式は国民に報告するもの。つまり、陰の儀式こそ、即位式の本分であると言えるのだ」


 手にしたランタンを蛇型構造物の脇に置き、振り向くイルマ。逆光になったので、イルマの顔がよく見えない。二人いた女官も、いつの間にかいなくなっていた。


 桃矢は、誰かが唾をのむ音を近くで聞いた。いや、自分の喉から聞こえた音だった。

 桃矢だけではない。桃果やミウラまでが緊張していた。


「これから行う儀式こそが陰の儀式。要は、これさえ無事に済ませば、事実上、トーヤ殿は王の地位を得たことになる。晴れて陛下なのだ」


 くだけた口調のイルマ。軽い空気に、ちょっとだけ気が楽になる桃矢。


 イルマが笑った。


 イルマは、桃矢達の緊張を考えて、わざと言っているのか? だとすれば……桃矢はイルマを子供扱いしない方がいいのかもしれないと思った。


「これより、ヌル教に伝わる王位承認の秘術を執り行うのだ」

 イルマは両手の指を広げ天に伸ばし、高らかに宣言した。


「あ、あの、イルマ様。わたしはここにいない方がよろしいのでは?」


 ミウラが、おずおずと申し出た。秘術という言葉がミウラに遠慮させたのだ。……興味津々の桃果は、全く遠慮してないが。


「よい。たまには政府関係者が立会っても神罰は下るまい。……それにジェベルはどうも苦手なのだ」


 最後はゴニョゴニョと小さく誤魔化してしまいながらも、何やら袖の下で印を組んでいるイルマ。もう即位の式は始まっている。


「このご時世。国防委員長のミウラが立ち会うのは、相応しいかもしれないのだ」


 イルマは意味ありげにニヤリと笑って祈りの言葉を詠唱しだした。桃矢が聞いたことのない言葉だ。やたら短いセクションで区切る、珍しい言語だった。


「あれがゼクトール語ですか?」

 隣で頭を下げているミウラに、桃矢が小声で聞いた。


「あれは古代ゼクトール語と言うべき真ゼクトール語です。大昔、この半島に王宮があったのです。王がここに住んでいたときはこの言葉で会話していたそうです。何代目かの王が、ここを離れたとき、同時にこの言葉も失ったと聞き及んでいます。今、真ゼクトール語を話せるのはイルマ様方、ゼクトーラ一族だけなのです」


「そこ、うるさいぞ!」

 イルマが指さして桃矢達を注意する。


「申し訳ありません! 甘んじて処罰を受け取ります!」

 ホルスターから抜いた拳銃を自分のこめかみに当てるミウラ。


 桃矢は、慌てて取り押さえた。組み付いた身体の下で、プニュンっと柔らかい感触が……。


 さらに慌てて飛び退く桃矢であった。

次回、「光に向かって!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ