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10.イルマ・ゼクトール

 尖った視線だった。それでいて痛くもなければ冷たくもない。懐かしいような、非難されているような、なんとも不思議な感覚。


 振り向いた先は、古いゼクトール様式の建物。正面が暗い口を開けていた。

 闇の前に女の子が立っていた。年の頃、たぶん十才未満。……たぶん人間。


 ゼクトール本来の民族衣装なのだろうか? 丈の長い原色の布が、そこかしこから垂れ下がった特殊なデザイン。それが異国情緒を醸し出している。


 耳の脇を色つきの紐で縛り、前髪を揃えた長い黒髪。その頭頂で、おさまりの悪い毛が一房、揺れていた。


 しかしその少女、肌の色が変わっている。青白い。

 血の気が無いという表現は間違っている。「青白い」という色の肌なのだ。


 その子がじっと桃矢を見つめている。特に怖いというわけではない。どちらかと言えば暖かい目。桃矢を呼んでいるような目だった。


 大きくなったらすごい美人になるだろうな、などと、邪な事まで考えていた時――。

「これはイルマ様。御自らのお出迎え、誠に恐縮至極でございます」

 横合いから声が湧いて出た。ジェベルが少女に気づいたのだ。


「イルマというのか、あの子は」


 もう一度、イルマと呼ばれた少女に向き直る。イルマを含めて、三人の女性がこちらに向かって歩いてきた。三人――。

 さっきまで一人でいたような……。


 イルマは、後ろに年上の女官を二人連れていた。後ろに付き従う女官達は、イルマが身につけた民族衣装の簡略型を身につけていた。

 似たようなスタイルが三人並んでいることになる。


 イルマは、桃矢の眼前で歩みを止めた。息づかいまで聞こえる距離だ。

 入ってはいけない結界を破る緊張に、桃矢の体が震える。


 身長差のため、桃矢を見上げる格好のイルマ。


「そのほうがトーヤか?」

 イルマの地位がそうさせるのか、慇懃無礼なものの言い様だった。


「え、あ、はい。芦原桃矢です」

 またなんか面倒なことに巻き込まれそうな予感がしたので、丁寧に答えておく。


「だんだん、低年齢化していくのね」

 桃矢の意図を壊すかのような桃果の一言。


「年を気にするのは年寄りだけなのだ」

 その一言に、イルマが噛みついた。噛みつかれたら噛み返すのが桃果である。


 すーっと、桃果の手が伸びて、……あっさり結界を破る桃果。


 イルマの頭をポンポンと軽くはたいた。殴るでもなく撫でるでもない微妙な力加減。

 これに過激に反応すれば子供っぽく見られるだろう。ずるい手だ。


「気安く予に触ってはいけないのだ!」


 長い袖を宙に舞わせ、邪険に桃果の手を振りはらうイルマ。子供であることを周囲に印象づける結果となった。


 ジェベルが中に割ってはいる。


「紹介が遅れましたね。こちらはイルマ・フタフタ・ゼクトール様。御年九才。ゼクトールの国教であるヌル教の神官長であらせられます。若いながら、歴代神官長の中でも一・二を争うほどの能力をお持ちです」


「よしなにな!」

 えらそうに腕を組んでふんぞり返った。握手など求めない。


 営業用スマイルを浮かべた桃果が一歩前に出る。


「あたしの名は――」

「その方の名は聞かずともわかるのだ。騎旗桃果よ」

 ズバリ名前を言い当てるイルマ。


「え、なんで桃果ちゃんの名を?」

 びっくりする桃矢。その反応に対し、無邪気な笑顔を浮かべるイルマ。


「バカ桃矢!」

 一方。桃果は、ものすごく嫌な顔をする。


「前もって連絡が行ってれば、わかることでしょ? 種のない奇跡なんてあるワケないし!」

 肩をすくめる桃果。


「ひねた桃果と違って、トーヤ殿は素直だ。なかなかに良き反応をする。気に入ったのだ」

 うって変わって、大人びた笑みを浮かべるイルマ。腹に一物を持つ女の笑みだ。


「ずいぶん背伸びしたお子チャマね。てか、強がらないと周りから子供扱いされるのね。幼いのに……不憫ねぇ」

 イルマを哀れんだ目で見る桃果。桃矢には解っていた。その目は芝居だと。


「な、何を哀れんでおるのだ? 予は自分を不幸などと思ってはおらぬのだ!」

 両手をバタバタと上下に激しく振り回すイルマ。ちょっと可愛い。


「ジェベルよ! この緊急時にシロウトを巻き込んでどうするつもりなのだ? ケティムは民間人だろうが外国人だろうが関係無しなのだ」


 遠慮ない敵意がこもった視線を桃果に向けるイルマ。


「桃矢が即位すれば懸案も落ち着くんでしょ? それよりケティム共和国がどうかしたの?」


 桃果だって知っている国、ケティム共和国。

 地図で見ると、ゼクトールのずっと北にある大きな国だ。


 最近、海外からの投資も多く、経済的に伸び盛りの国。新聞にその名が載らない日はない。良くも悪くも、ケティム一国の動向が世界情勢を一変させるだろうと言われている。


 人権擁護や自然保護はCクラス。だが、軍事においてはAクラス。核保有国でもある。

 そのため日本はもとより、アメリカやロシア、EU諸国から中国、インドまで、刺激を避ける傾向にある。


「ジェベル、ミウラ、その方ら、まだ話をしてないのか?」

 ジト目のイルマ。

「申し訳ありません」

 受け流すジェベルと、目を合わせられないでいるミウラ。性格の違いが現れた。


 ジェベルやミウラの対応からして、このイルマという少女、……神官長と言っていたが、地位は王に劣らぬ程のものらしい。


 桃矢は苦手な世界史を思い出していた。宗教上の長、カトリックの教皇の権威は、ヨーロッパの皇帝や王よりも上の存在であること。


 イルマは王を承認・任命する立場。教皇と同じ立場にある、と桃矢は踏んだ。


 それはそれとして――。


「ジェベルさん、ひょっとしてゼクトールはケティムと揉めてるんじゃ……?」

 桃矢は、難しくて嫌な展開を想像していた。


「ケティム共和国ね? 水上艦隊を多数所有してるわ。確か最近、空母を建造したわねぇ。通常型の潜水艦は二桁所有してるし、弾道ミサイルを積める攻撃型原潜も何隻か持ってるはずよ。海兵隊も持ってるし。そうそう、空軍の主力は、スホイ設計部が誇るマルチファイターのSu27。条件によってはステルス機でも落とせるって噂のヤツ」


 桃矢の質問を遮る桃果。この辺は彼女の得意分野。スラスラとケティムの軍事情報を解説してみせる。


 目を輝かす桃果。キラキラと顔が光っている。桃矢は、桃果の輝きを消したくなかった。だから、このまま話に流される事にした。


「む、なかなかやるではないか!」

 イルマが桃果を見直した。桃矢は思う。それは早合点だと。


 桃果が各国の軍備や兵器に詳しいのは知っている。しかし、興味のある方面だけ。しかも薄く浅く中途半端に。

 それが証拠に、陸軍は全くの無知だ。陸軍は汗臭いから嫌い、というちゃんとした理由があるらしい。


「まあよい。めんどくさい話は、後ほどジェベルにでも聞くとよい。とっとと用事を済ますのだ。トーヤとミウラ、ついでに桃果の三人! ついてくるがよい」


 くるりと向きを変えるイルマ。女官にかしずかれてしずしずと歩いていく。


 イルマは、桃矢達がついてくることを当然のようにして、宗教施設の中へ入っていったのだった。

次回、アンダー・ザ・グランド


ゼクトール王国、最深部へレッツごー!

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