第三章・3
―3―
レンガ造りの壁で囲まれた診療所の、牢獄の柵のような門を出た灯は、そこで携帯電話をテーブルの上に忘れてきたことに気がついた。
また戻って、霧藤と顔を合わせなければいけないかと思うと、忌々しく、気が進まなかったが仕方がない。
灯は診療所の中へと、今歩いてきた道を戻った。
カウンセリングルームへと向かい廊下を曲がると、一人の看護師がその部屋へと、慌てたように入って行くところで、灯はその場で少し様子を見ることにした。
すると、廊下の向こう側で、何かを倒したような、ガラスが砕ける音の混じった破壊音が聞えてきた。
「すみません。急に暴れだして」
「いえ。どちらですか」
「こっちです」
霧藤が看護士に連れられて、灯に気づくこともなく、足早に部屋を出て行った。
どうやら患者が何か問題を起こしたらしい。灯にとっては好都合だ。
鍵が開けっ放しになっている部屋のドアを開けて中へと入る。しかし、テーブルの上に灯の携帯電話はなかった。確かにそこに置いたはずなのに。
テーブルの下や、ソファの上も探してみるが見当たらない。霧藤が拾って持って行ってしまったのだろうか。
困った灯だったが、ふと部屋の奥を見ると、霧藤の仕事用デスクの上に、自分の携帯電話が置かれているのを発見してホッとする。
やはり拾ってはいたようだ。
中を見られたりしていないだろうか。別に見られて困るような内容のメールも、画像もありはしないのだが、気分が悪い。
灯は携帯電話を確認するように弄っていた。すると、
どさり
何か重みのあるものが落ちた音がして、灯はハッと音のした方を見た。
そこには、隣の部屋に繋がるドアがあった。
そういえば、この前も、向こうの部屋から物音がしてきた。今日も中に誰かいるのだろうか。
あの時の霧藤の様子を思い出した灯は、にわかに隣の部屋が気になりだした。
灯はドアに近づきノブを握った。
ごく普通の木製のドアからは、なぜか開けてはいけないような威圧感を感じる。
しかし、ノブを回すと、それは呆気なく開いた。
細く開いたドアから中の様子を探るが、部屋の中は真っ暗だった。夕刻とはいえ、外はまだ日がある時間帯。窓には相当厚いカーテンが引かれているようだ。
何か機械があり、その電源やモニターの光がある部分だけが、ぼんやりと明るい。
中に人の姿がないのを確認して、灯はドアを大きく開いた。
こちらの部屋の明るさで、やっと部屋の中がよく見えるようになる。
灯は部屋の中に足を踏み入れた。
いったい、ここは何の部屋なのだろう。
壁を占める大きな機械。分厚くて黒い遮光カーテン。床を這うコード。
動いているモニターを覗いて見ると、機械は自動で何かを記録しているようだったが、それが何を記録しているのかは、灯にはさっぱりだ。
灯は機械と繋がっているコードを目で追った。
数本あるそれらは、すべてドアのある壁際に立てられた、パーテーションの向こう側へと続いている。
向こうの部屋の明かりが当たらないそこは暗く、何か大きな秘密が隠されているような、そんな雰囲気が漂っている。
心臓の鼓動が少し早くなる。
そこに隠された秘密が見たい。
灯は惹きつけられるように、パーテーションまで近づくと、それに手をかけ、向こう側を覗き込んだ。
暗さに慣れた灯の目が捕らえたのは、病院によくある診察用のベッドと、その下に転がっている人の体だった。
先ほどの音は、どうやらこの人がベッドから落ちた音だったらしい。
機械から続いていたコードの先は、こちらで小さな機械に繋がっていて、そこから更に何本もの細いコードが、その人へと伸びているようだった。
いったい、この人は何なのだろう。