表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

第三章・2

―2―


「近年は人の夜行化が進行しつつある。24時間営業の店に深夜番組。終電までの残業。それによって増えたのがショートスリーパーと呼ばれる人たちだ」


 霧藤の話を聞き流しながら、灯はカウンセリングルームのいつものソファで、携帯電話を弄っていた。


「この人たちは毎日の睡眠が、三時間ほどでも健康を保っていられる。これは日々の睡眠時間を徐々に減らしていき、体を短い睡眠に慣れさせる事で可能とされている。僕自身、このショートスリーパーでね。健康かと言われるとそうでもないかもしれないけど。ただ、眠りを完全に無くす事は今の所、不可能とされている」


 灯の態度を気にする事無く、灯の正面のソファに座った霧藤は話を続ける。


「過去に自分は眠らないと主張していた女性がいたんだけど、詳しく調べた結果、彼女が実はマイクロスリープを取っていたことが判明した」

「……マイクロスリープ?」


 携帯電話のディスプレイから視線を上げて、灯はチラと霧藤を見た。


「そう、マイクロスリープ」


 先ほどまで、ずっと話し続けていたのに、今度はそれしか言わない霧藤に、灯は仕方なく携帯電話をテーブルに置く。


「その女性は、確かに夜、通常の人が眠りにつくような睡眠は取っていない。また日中、居眠りをしている様子も見られなかった」


 灯の興味を引けたことに満足そうに、霧藤は続きを話しだす。


「しかし、その女性を詳しく調べた結果、一日のうち何度か、数秒間づつ固まったように動かなくなることがあった。これがマイクロスリープだった」

「動かなくなる?」

「脳が勝手にスイッチを切るんだよ。さっきも言ったように、睡眠を完全に無くすことは実質不可能なんだ。眠れない、眠っていないと本人が思っていても、脳は自身で防衛本能として、このたった数秒から数十秒の休息を体に取らせることで、最低限の生命維持を計っている」


 霧藤は両手を組むとテーブルに肘をついて、組んだ手に顎を乗せると、灯をじっと覗き込むように見た。 


「もしかしたら、灯君もマイクロスリープを取っているのかもしれない」

「そんなの知らないわよ」

「うん。これは本人の自覚もないし、ほんの数秒から十数秒のことで、目を開けながらなんてこともあるんだ。それに、いつ起こるかも分からないから、確かめるには数日間、それも一日中の観察が必要だね」


 観察という言葉に、灯が顔をしかめた。 


「冗談じゃないわ」

「そう言うと思ったし、僕もできればやりたくない。僕一人じゃ無理だしね。僕は眠らないではいられない」


 簡単に言った霧藤に、医者の癖にそれでいいのかと思う。


「灯君は前に、眠りなんかいらないって言ってたよね」

「ええ。私は眠りなんかいらない」

「ある研究所では、遺伝子の操作によって、眠らないハエを作る事に成功したそうだ」

「この前はネズミで、今度はハエなの」


挿絵(By みてみん)


 唐突に話を変えた霧藤に、うんざりした灯はソファに体を沈めると、天井を仰いだ。


「しかし、この眠らないハエは、眠らず活動し続ける代わり、どのハエもすべて短命に終わった」


 そこでまた、霧藤は一度言葉を切ったが、灯は天井を見上げたまま、無反応を決め込むことにした。

 すると、ゆっくりとした口調で、霧藤はその話の終末を口にする。  


「まるで、眠りの分を命で補うように」


 なるほど。それが言いたかったのか。 


「私を不安にさせたいの」

「僕は君を心配しているんだよ」


 医者から言われる『心配』という言葉は、なんて信用できない言葉なんだろう。

 ぼんやりと考えていた灯は、体を起こし、ソファから立ち上がった。


「もう時間よね」

「そうだね」


 腕の時計を見る霧藤に、灯はそれ以上何も言わずにドアへと向かう。

 部屋を出る灯の背に、霧藤は今回は何も言わなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ