第二章・1
第二章
―1―
「ねえ灯聞いて! 美幸ったら、さっき授業中に爆睡しててさ」
「もう、やめてよぉ」
「涎たらしてんの!」
昼休み。
甲高い声で笑う、一応の友人たちに合わせて灯も作り笑いをする。
「食べ物の夢でも見てたんでしょ」
灯が言うと、美幸という少しぽっちゃりしたその少女は頬を膨らませた。
「もぉ。違うもん」
すると、夢の話に他の女子が食いつく。
「あたし、昨日見た夢は気分良かったー」
「えー? どんな夢?」
「えっとね。なんか、南の島? みたいなところで、めっちゃ綺麗な砂浜のあるビーチの上で、おっきな浮き輪に乗ってユラユラしてんの」
「なんだ、普通じゃん」
「まだ続きがあるのー。でね、浮き輪に乗ってたと思ったらさ、いつの間にかビーチじゃなくて空の上なの。超気持ち良かった」
灯はその子の話し方にも、話の内容にもうんざりして、購買で買ってきたサンドイッチを食べる方に、気を回すことにしたのだが、
「夢占いしてもらえば」
別の子が雑誌を開きながら言った言葉に、視線を友人たちへと戻す。
「夢占い?」
「ほら、今流行ってるんだよ」
雑誌には女子高生の集まる場所に、新しく出来た占いスポットが大々的に宣伝されていた。それに伴って、街にある占いをしてもらえる場所を、いくつか取り上げ特集していた。
「ホントだぁ、駅前にもあるじゃん! 帰りに行ってみようよ」
「うん行こう、行こう」
「美幸は絶対、欲求不満だって」
「なによぉ!」
くだらない物が次々と流行っては、消えていく。まったく馬鹿馬鹿しい。
灯はサンドイッチにかじりついた。
◆◆◆◆◆◆
その店は雑誌に載っていた中でも、あまり女の子ウケは良さそうには見えなかった。
『蜃気楼-kaiyagura-』
変わった名前が、店先の電飾のスタンド看板に書かれている。
古くさい建物で、昭和初期の喫茶店のようなたたずまい。実際に本来は喫茶店として営業しているようだ。
店のドアが開いた。
中から女子高生らしい二人連れが笑いながら出て来て、灯は何でもない風を装って、顔を逸らした。
こんな店でもそれなりには客も来るようだ。
まあ、逆に言えばこういった古くさい店の方が、スモークを焚いたり、紫のネオンを光らせた店よりも信憑性があるようにも思える。
今頃、他の子たちはそちらの店に行っているはずだ。
一緒に行こうという誘いを、適当な理由で断った。
雑誌に載っていた店の中でも隅っこの方に小さく掲載されていただけの、あまり若い子が来なそうなこの店に灯は目をつけた。
夢占いなんて、馬鹿らしい。
私は眠らない。
夢を見た事もない。
そんなことで、あんなにはしゃぐ周囲の女子も馬鹿みたいだ。
夢がどんなものか分からない灯には、とうてい現実にはありえない馬鹿げた内容の、その『夢』というものを見たいとも思わない。
それで何を占うというのか。
どうせ、適当なことを言っているに違いない。
それを聞いて、馬鹿にしてやろうと思っていた。
灯は店のドアノブに手をかけた。
『営業中』の札の隣に『起床中』と書かれた札が掛けられている。この辺りも夢占いとかけているのか。
カラララン
古くさい音のドアベルが鳴った。
「いらっしゃい。……ああ、夢占かな」
店主と思われる、着物姿に丸眼鏡の中年男が、カウンターの内側から灯を見て言った。
やはり、それなりに占い目的の客が来るようだ。
頷く灯に、店主は人当たりのいい笑顔を見せる。
「ちょっと待っててね」
店主はそう言うと、カウンターから出てきて、店の奥へと行き、そこにある襖戸をほんの少し開けた。
「失礼します。次の方が見えましたが……はい。……かしこまりました」
ずいぶんと丁寧な口調で、中にいる誰かと話をしていた店主は、やがて灯の方に向き直り、
「どうぞこちらへ」
戸を開いて灯を中へと促した。