表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

第十章・3

―3―


「灯!」


 校門を出たところで、またも灯は呼び止められた。

 気づかない振りをして行ってしまおうかと思ったが、こちらに駆けて来る足音に、灯は仕方なく足を止めた。


「やっぱ灯だ」


 友人が二人、灯の両側から腕を絡める。


「ねえ、私たち今からカラオケ行くんだけど、灯も一緒に行こうよ」

「今から?」

「そう。割引券もらったんだ!」


 蜃気楼での生活が始まってからは、まだ一度も夜に出歩いたことはなかった。別に外出を禁じられているわけではない。

 どうしようか。なんだか色々なことがモヤモヤと駆け巡るこの頭を、馬鹿騒ぎでもして空っぽにしたい気もする。


「灯~。行かない?」


 甘えるように腕にぶら下がる友人を引き剥がし、灯は言った。


「行く」

「やった! そうこなくっちゃね」


 友人に背中を押されながら、灯は夜の街へと久しぶりに出向いていった。





◆◆◆◆◆◆


 灯が蜃気楼に帰ってきたのは、もう夜中の十一時を過ぎていた。店のドアは閉まっていて、灯は渡されていた裏口の鍵を取り出す。閉店後はそこからでないと入れないことになっているからだ。

 そっと扉を開ける。蜃気楼の厨房奥にある裏口は真っ暗で静まり返っている。窓からもれるわずかな明るさを頼りに、手探りで店内へと向かう。

 やっと厨房を出た灯だったが、


「おかえり」


 突然掛けられた声に、心臓が跳ね上がるような気持ちを味わった。


「鈴様……。起きてたんですか」


 とっくに眠っていると思っていた。

 まさか、灯が帰って来るのを待っていたのだろうか。


「俺はいつも突然眠りに落ちるけど、いざ自分で眠りたいと思っているときには、寝付けなかったりするんだよ」

「そうなんですか……」


 少しガッカリする自分に気づく。


「夕飯は?」

「あ、外で適当に食べました」

「そう」


 鈴は座敷部屋に上がる。別に遅く帰ってきたことを咎められたりはしないようだ。


「灯」


 鈴は部屋へ行こうとした灯を手招く。灯はいそいそと座敷部屋へ上がった。


「朝まで何かやることある?」

「……別に、特に決まってませんけど」

「じゃ、ちょっと付き合わないか」


 鈴はちょっと弾んだ声で言って、何かを取り出した。埃っぽい印刷の掠れた箱に入っている、ボードゲームのようなものだった。


「この前、大酉が部屋を掃除したときに出てきたゴミの中にあった」

「どうやって遊ぶんですか」

「ひらがなのカードが入ってて、それを使って単語を作るんだ。単語が作れなくなった時点で終わり。最終的にカードをたくさん持っている方の勝ち」

「なんだか頭使いそうなゲームですね」

「俺も、こう見えてなかなか悪くないんだよ」


 指で頭を叩き、得意そうに笑う鈴に灯も挑戦的に笑った。


「お相手しましょう」


 ゲームはなかなか面白かった。カードが多いときには、できるだけ長い単語を作り数を稼ぐ。カードの枚数が減ってくると、単語を作るのは難しくなってくる。

 そして、ゲームが進むにつれ、鈴がちょっとしたズルをし始めた。

 有りもしないであろう単語を作っては、あたかもそれが存在するかのような御託を並べるのだ。


「……鈴様、『むさで』って何ですか」

「なんだ、灯は知らないのか。虫だよ、虫の名前」

「虫?」

「まあ、女の子だから知らなくても仕方ないけど。ほら、足がいっぱいある奴」

「それは『むかで』じゃなくて?」

「違うって。『むさで』には羽も生えてる」


 とか。


「『わのそう』って何です?」

「草の名前。輪っかの輪に、野原の野に草で『輪野草』。春になると丸い花が咲く」


 ――など。絶対に嘘だ。


「じゃあ、今、調べてみます」

「うちには植物辞典もパソコンもない」


 言った鈴に、灯は勝ち誇ったようにポケットから取り出したものを見せる。携帯電話だ。


「私にはこれがありますから」

「あ、ダメ。ずるいずるい」


 笑いながら鈴は、灯の手から携帯電話を取った。

 ほら、やっぱり。


「どっちが。もう、返してくださいっ」


 携帯を取り返そうと灯は鈴に手を伸ばす。灯が鈴の手首を握ったとき、鈴の体が強張った。携帯電話が鈴の手から落ちる。思わず灯は鈴から手を放した。


「……ごめん」


 鈴が謝った。

 さっきまであんなに楽しかったのに、なんだか急に寂しくなる。

 鈴が悪いわけではない。なのに鈴を謝らせた。それが哀しかった。なぜ、こんな気持ちになるのか。


「……あの、鈴様?」

「うん?」


挿絵(By みてみん)


 二人で散らばったゲームのカードを片付けながら、灯は言った。


ばくって知ってます?」

「あの空想の方の?」

「はい。悪い夢を食べるあれです」

「知ってる」

「私、きっとそれなんです。鈴様の」


 灯の言葉に鈴はまた少し笑った。


「俺の悪夢を食べちゃうんだ?」

「はい」

「……有難う」


 鈴はカードをゲームの箱に仕舞うと、蓋を閉じた。


「でも、俺は灯に眠りはやれない」


 言った鈴は、机の上にだるそうに腕を組むと、そこに頭を乗せた。


「ごめん。やっぱり朝までは無理だった……」

「え?」


 灯が訊きかえそうとしたときには、鈴はもう落ちた後だった。

 眠れない灯と、朝まで一緒に起きていようとしていたのだろうか。

 どうして。

 この胸に溢れる感情はなんだろう。

 こんな夜は初めてだ。

 灯は鈴の肩にそっと毛布を掛けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ