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第一章・2

―2―


「キャンセルするなら、キャンセルするで、事前に連絡がほしいんだけどな。日暮さん」


 そのまだ若い医者は笑顔で言った。


「僕もね、これでも結構忙しいんだ」


 灯は前回から担当になったこの医者が好きではなかった。なので、週に二回の通院をこの前は無断で欠席した。


「あんた、名前なんて言ったっけ」


 灯はソファに持たれるように座って、長く形のいい足を組んだ。


「霧藤だよ。霧藤 愁成」


 担当する医者が変わるのは初めてではない。だが、こんなに若い医者は初めてだ。

 おそらく三十にはなっていないのではないかと思われる。

 顔はなかなかいいが、灯には霧藤の笑顔が人を見透かしているように見えてならなかった。


「じゃあ、霧藤って呼んでいい? あんた、先生って感じじゃないし」

「別に。僕は構わないけど」


 なんだか適当な受け答えにイライラさせられる。


「ちょっと、ちゃんと医者らしくやりなさいよ」

「君も患者らしくないけどね」


 霧藤はそう言って笑った。


「そもそも、心療内科なのかな。君が来るべきなのは」

「知らないわよ。そんなの」


 霞野心療内科。言葉は優しいが、つまり簡単に言えば精神科の病院。

 灯をここにやったのは両親だ。


「気楽にやろうよ。僕は君が精神を病んでいるとは思っていないし」


 灯が眉をひそめて霧藤を見る。


「小学生から非行に走ろうが、問題ばかり起こそうが、君にはちゃんと理由がある」


 霧藤はカルテをめくりながら言った。


「僕はそっちに興味がある」

「興味本位で担当になったってわけ」

「そう喧嘩腰になるのはやめてくれないかな。眠りは僕の専門なんだよ。だから担当になった。……で、君が『一度も眠った事がない』というのは本当? 日暮さん」


 灯はからかうように霧藤を見た。


「灯って呼んでよ。そっちの方が話しやすいわ」

「わかった。じゃあ、灯君」


 苦笑して改めて霧藤は訊いた。


「いつから眠っていないのかな」


 灯は笑った。


「一度も、よ。産まれたときから」

「一度も?」


 灯は霧藤を睨んだ。


「その資料に書いてあるんでしょ? どんなにあやしても眠ろうとしない赤ん坊を、気味悪がった両親は病院に見せたんだもの。ちゃんと記録が残ってるはずだわ」

「うん。でも、本人の口から聞きたくてね」


 灯が声を荒げても、霧藤は平気な顔だ。


「他にどこか悪いところはないかな。体が痙攣するとか、息切れがするとか」

「ない」

「頭が痛くなるとか」

「ないって言ってるでしょ」

「じゃあ、眠りたいとは思う?」

「……別に」

「ふうん……」


 霧藤は考えるように顎に手をやった。その仕草も、灯にはわざとらしく見える。


「こんな実験の話を聞いたことがあってね」


 おもむろに話しだす霧藤。


「二匹のラット。一匹は食事をまったく与えない。一匹は睡眠をまったく与えない。すると、睡眠を与えられなかったラットの方が、食事を与えられなかったラットより早く死んだらしい」

「何が言いたいのよ」

「睡眠は食事よりも、生物が生きるのに大事な要素なのかもしれないって話」

「ネズミなんかと一緒にしないでくれる」

「ああ、ごめん。まあ、この実験も、ラットを寝かさない過程で、突付いたりショックを与えたことによるストレスが、原因になってるかもしれないんだけどね」


 先ほどから肺の辺りがムカつくような気分の灯に対し、霧藤は至って楽しそうだ。 


「私に眠りは必要ない」

「本当に?」

「ないわよ。学校にだって普通に行けてるし、成績も上位だし、運動だって」

「それなのに両親は君の方を向いてはくれない」

「……」


 灯はソファから立ち上がった。


「気に障ったかな」

「気分が悪い。帰る」


 灯は鞄を掴むとドアを開けた。


「じゃあ、また来週。キャンセルのときは連絡を忘れないで」


 そういう霧藤の言葉は無視をした。



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