第九章・5
-5-
その日、灯は学校へ行こうとして大酉に呼び止められた。
「何? これ」
目の前に差し出された巾着袋。
「お弁当。灯ちゃん、いつも購買で買ってるって言ってたでしょ?」
昨夜の夕食時に、そんな話をしたことを灯は思い出した。
「……いらないわよ」
「鈴さんが作ったんだよ」
大酉がにこにこしながら言って、灯はぐっと詰まる。それは受け取らないわけにはいかないだろう。気乗りしないまま、その包みを受け取り座敷部屋を見る。
今朝、鈴は朝食後に『眠り病』を発症したため、今は座敷部屋で眠ってしまっている。
灯は弁当を手に蜃気楼を出た。
なんだか鈴から「いってらっしゃい」の声が掛けられないことを、少し残念に思った。
◆◆◆◆◆◆
昼休み、灯の机に集まった友人たちが、興味深そうに灯の机の上を見た。そこに、小判型の小さな花の絵があしらわれた、朱塗りの弁当箱があったからだ。
「ええ? 灯、今日はお弁当なの?」
「自分で作ったの?」
「珍しいー」
「見せて見せて!」
友人達に急かされて、灯は恐る恐る弁当の蓋を開けた。
「わぁ……」
誰かが思わず感嘆の声を漏らす。
一口サイズの小さな俵型に握られた、味付けされた色鮮やかな二つのおにぎり、食欲を誘ういい香りのする鶏のから揚げと、断面も美しい玉子焼き。ジャコと炒めたほうれん草、彩りにプチトマトが添えられ、なんとも綺麗な弁当だった。
「美味しそう!」
友人の一人が言った。あの、食いしん坊の美幸だ。
「超羨ましいー」
とりあえず鈴の料理の腕は、確かなものだということが分かった。それにしても、食べるのが勿体無いくらいの出来栄えだ。
灯が食べるのを躊躇っていると、から揚げの一つが突然消えた。
「何これ、すっごい美味しい!」
友人の口の中に一口で、から揚げはなくなっていた。
「ちょ……ちょっと! 勝手に食べないでよ!」
「いいじゃない。一つくらい」
すると、今度は玉子焼きに魔の手が伸びる。
「おいし~い」
「ちょっと!!」
「怒るな、怒るな。ほら、私のサンドイッチあげるから」
「いらないわよ! そんなの」
弁当を死守する灯に、友人達は可笑しそうに笑った。
「もう、灯ったら。お弁当くらいでそんなムキにならないでよ!」
言われて灯は、むぅと少し赤くなった頬を膨らませた。
確かに、弁当一つでこんなに感情的になるなんて、自分らしくないかもしれない。自分は鈴に餌付けでもされてしまったのだろうか。
でも、これは鈴が自分にわざわざ作ってくれた物なのだ。誰かにこんなにあっさり食べられていいものじゃない気がする。
「食べ物の恨みは大きいんだから」
友人達に言ってやって、灯はようやく自分の弁当に箸を着けた。
一口一口、味わうようにゆっくりと噛み締める。それはお腹以外、心まで満たされるような本当に美味しい弁当だった。