第九章・4
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灯が蜃気楼に帰ると、丁度、夢占いをしていたのだろう、大学生くらいの女性の二人組が、店から出て来るところだった。
「ねぇ、あの占い師さんってどんな人なんだろうね」
「結構、若そうじゃない? なんだか意外と格好良さそう」
キャッキャと笑いながら出て行く二人に、灯は鈴の顔を思い出す。若いどころか幼い。格好良いというよりは、どう見ても可愛いという方が合っているだろう。
灯は座敷部屋の戸を開けた。
「突然開けるのはやめてくれ。他の客がいたらどうする」
鈴が御簾のこちら側で、座布団を片付けていた。
「お客さんはいません」
「……ああ、そう」
「見られたら困るんですか?」
「俺はどう見ても子供だから。この見た目だと商売しづらい」
やはり成長が止まってしまったことを、気にしているのだろうか。
大酉が店の看板を仕舞うのを見て、灯は座敷部屋に上がると、部屋の隅にちょこんと座った。
「そんなところに居ても、眠りはやらないよ」
鈴が言って、灯は少し膨れた。そんなにすぐに貰えるなんて思っていなかったが、そんなにはっきりと言わなくていいのに。
「暇なら勉強でもすれば? 学生さん」
そんなにここに居て欲しくないのか。
灯は鞄から模試の結果を取り出すと、鈴に差し出して見せた。
「勉強なら十分やってますから」
鈴は折りたたまれた紙切れを開いて、その数値に目をやる。すると鈴の顔は驚きに変わり、
「凄い……」
という呟きが口から漏れた。そして、鈴は紙から顔を上げると、
「凄い」
灯を見て少し興奮したような満面の笑顔でもう一度繰り返す。鈴のこんな顔は初めて見る。
そんな反応が返ってくるとは思わなくて、灯はなんだか恥ずかしくなった。
「別に……。大したことないです。一年生の模試なんて」
「そんなことはない。この成績は努力しないと取れない。問題が解ける解けないなんかより、点数が何点だったかより、それが重要だ。これは頑張ったってことがよく分かる。凄いと思う」
鈴は灯の頑張った証を、丁寧に畳み直して灯に返した。
「灯は頑張れる人なんだね」
くすぐったいような、照れくさいような、落ち着かない気持ちになる。今まで、成績がいいことに対して、そんな風に言われたことはなかった。
将来の目標もなく、有り余る時間を、ただつぶすためにしていた勉強。親から何か認めて欲しくて上げていた成績。友人も灯の成績を羨ましいと言うが、灯と同じ勉強をしようとはしない。もちろん、できる時間がないのかもしれないが。
鈴に言われた言葉に、なんて返していいのか分からない。ただ、なんだか嬉しかった。
「じゃあ、ご褒美をください」
照れ隠しにそんなことを言ってみた。もちろん灯の欲しい物は眠りである。
「あげないよ。そんなことのための勉強じゃないだろ」
フイと顔を逸らされてしまった。機嫌を損ねたかと思ったが、
「夕飯、今から用意するけど、何か食べたいものある?」
鈴は笑顔で立ち上がり、灯に訊いた。
「なんでも……」
「そう? ふうん。まあいいや」
鈴は機嫌良さそうに座敷部屋を出た。
「すぐに用意する」
鈴が作るのだろうか。それがご褒美の代わりのつもりなのか。
その日の夕食は鈴の手作りのハンバーグだった。
大酉が運んできた、熱く熱せられた鉄板のまま出されたそれは、目玉焼きとチーズが載っていて子供っぽい感じもしたが、切ると肉汁が溢れてくるそれは、どの店で食べた物よりも美味しく感じた。
鈴が自分のために作ってくれたからなのかもしれない。
眠りは手に入らなかったが、なんだか灯は胸が温かくなるような、不思議な気持ちになった。
食べる手の進む灯を鈴は満足そうに見て、エプロンを外すと自分も食卓に着いた。