第一章・1
第一章
―1―
「ねぇ灯ー。あんたバスケ部の佐藤先輩と寝たって本当?!」
放課後の教室。
帰り仕度をしていた灯を、数人の女子が囲み、好奇の目で見ながら言った。
高校一年も二学期を迎えると、友達グループの確立がほぼ決定される。
灯も例外なく、いつも同じメンバーの中に、いつのまにか入れられていた。クラスでも影響力のあるグループで、いつでも自分達が中心になって、物事が進んでいると思っているような子ばかりの集まり。
なぜ、彼女たちが自分をグループのメンバーに入れたのか、灯には分からなかった。
しかし、自覚はないかもしれないが、灯は校内では目立つ存在だった。
成績上位、特定の部活動に所属してはいないが、スポーツも人並み以上、見た目は可愛いというより綺麗で、少し近寄りがたい印象を受けるが、それがまた、密かに灯の人気となっていた。
灯は長い黒髪をかきあげると、その不躾な質問に答えた。
「……寝てない」
「ほらぁ、だから言ったじゃない!」
「びっくりしたぁ」
笑いながら言う、いつものメンバーと一緒に灯も笑う。
しかし、心の中ではそんなことで騒ぐ彼女らにうんざりしていた。
そう、寝ていない。
寝ていたのはあいつだけ。
私は寝ていない。
ベッドの上、事が済んだ後、灯の隣でのんきに寝息を立てている、学校では人気のそいつをほったらかしてホテルを出た。
誘ったのは相手の方。
自分の何が気に入ったのか分からないが、前から灯が好きだったらしい。
求められるままに、付き合ってはみたのだが、灯の気持ちが動くことはなかった。
気持ち良さそうに寝ている整った顔を見ていると、ひどく腹立たしくなった。
そう、私は寝ていない。
私は眠れないのだから……。
◆◆◆◆◆◆
「おやすみなさーい」
「蛍、明日テストでしょ?ちゃんと勉強したの?」
「えぇー。もう眠いしぃ」
灯の妹、蛍は中学生。
少し我がままだが顔は可愛く、中学生にしては発育もよく、スタイルがいい。
街を歩いたときに、ファッション雑誌関係の人間から声をかけられたことをいつも自慢していた。
蛍は母親の言葉に口を尖らせる。
蛍の成績は、少し人より悪かった。流行の物やおしゃれに関することなら、なんでもすぐに頭に入るのに、勉強はなかなか覚えられなかった。
蛍はリビングのソファで雑誌を見ている灯にちらと視線をやった。
「いいなぁ、誰かさんは眠らなくても平気なんだから」
灯は妹を無視して、雑誌をめくった。
「ああ、今夜は徹夜かなぁ」
蛍はわざわざ大きな声で、灯にはどうでもいい不満を口にする。
「どうせ起きてるなら、勉強でもしてればいいのよ」
棘のある母親の口調。
「気持ちの悪い……」
本当に小さな声で、ぼそとつぶやかれた言葉に灯は立ち上がり、雑誌をテーブルに叩き付けるように置いた。
「ちょっと!」
母親の怒鳴る声も無視をして、部屋に入るとベッドにつっぷした。
このベッドも妹の蛍には「お姉ちゃんにはいらないでしょ」とからかわれる。
眠れ
眠れ
自分に暗示をかけるように頭の中で繰り返す。
でも、灯にはそれがどんなものなのかすら、分からない。
どうすれば、それが自分にもできるのか分からない。
睡眠薬を飲んだこともある。しかし、それは灯の気分を悪くはしたが、肝心の睡眠を与えてはくれなかった。
毎晩、夜を長いと感じる。
空が白む頃の静けさは大嫌いだ。
両目をぎゅっと閉じる。
しかし、いつまでたっても灯に眠りが訪れることはなかった。