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第五章・2

―2―


 十三年前となると、灯はまだ生まれて間もない。その頃にいったい何があったというのか。


 自宅の部屋に戻ると、灯はノートパソコンを開いて、検索を始めた。

 日付がはっきりと分かっているのだから、すぐに何か分かるだろうと高をくくっていたのだが、日付のみでの検索は、個人の誕生日、何かの大会や催し物の記録など、おおよそ灯とも、あの少年とも無関係であるとしか思えない情報までが、ズラズラと引っかかる。

 初めは一つ一つ、覗いて見ていた灯だったが、二時間ほどで嫌気が差してきた。

 人工的な光と、小さな文字を間近で見ていた目が、疲れて痛む。


 それでも、灯の瞼が眠りのために重くなることはない。


 調べろというくらいなのだから、何か大きな出来事なのだろうか。

 それなら新聞に載っているかもしれない。……と、改めてパソコンに向かうが、十三年前の新聞記事をWEB上で見られるサイトはないようだ。


 もう……。


 もどかしい気持ちで灯はパソコンを閉じた。





◆◆◆◆◆◆


 次の日の休日、灯は朝食を食べている家族がいる居間に、顔を出すこともせず家を出た。

 空には灰色の重そうな雲が広がっていて、今にも雨が降り出しそうだった。

 灯は傘を手に歩き出す。向かっているのは、近くの図書館。確か、過去の新聞の閲覧ができたはずだ。


 灯がその古びた図書館に到着すると、それまで堪えていたというように、空が泣き出した。

 大粒の雨はバタバタと激しい音をたてて、あっという間に土砂降りになり、まるで灯をこの場から逃がさないようにしているようだった。

 

 図書館の中は、まだ開館したばかりの時間だからか、それとも、この天気のせいなのか、ひどく閑散としていた。

 図書館を利用する人そのものも、減っているのかもしれないが。

 紙とインクの匂いのする館内で、灯の足音だけがやたらと大きく響く。


 カウンターにはまだ若い男性司書が座っていた。


「すみません」

「はい」

「過去の新聞を閲覧したいんですけど」


 司書は厚そうなレンズの眼鏡を指先で押し上げ、灯の顔をちらと見ると席を立ち、


「こちらです」


 と、わざわざその場所まで先導してくれる。階段へ向かい、更に地下へと下りる。


「いつの物ですか」

「十三年前の物なんですが」

「それですと、こちらにある縮小版になります」


 棚を示されて見ると、そこには電話帳より少し大きな分厚い冊子が並んでいた。

 これ?


「コピーされる場合はそちらにコピー機がありますが、コイン式でセルフサービスになっていますので。どうぞごゆっくり」


 そう言うと、司書は自分の定位置へと戻っていってしまった。

 灯はその資料棚を前に、呆気に取られた。てっきり、データベース化されていると思っていたのだ。

 なんてアナログな。


 仕方がない。


 灯は一つの有名な新聞社に検討をつけると、十三年前の縮小版を手に、自分以外は誰もいない席についた。

 物が手に入ってしまえば、日付も分かっているのだから、後はじっくりと内容を調べればいい。


 十三年前の一月二十日は、晴れ。最高気温十度。

 テレビ欄はこの際、関係ないだろう。政治も灯とは関係ないと思うが、何やら大物政治家のスキャンダルが話題に上がっている。金と権力のある年寄りなんて、ろくな物じゃない。

 他には動物園で産まれた赤ちゃんライオンの話題。名前は公募中。

 ……だから、いったい灯になんの関係があるというのだ。

 他には……。


 灯の目が、一つの記事に止まった。

 それは一家惨殺という四文字が大きく扱われた、扇情的な見出しだった。

 その見出しに誘われるように、夫と妻、その子供が犠牲になった残酷な殺人事件の詳細を、目で追っていた灯は、ある一文……いや一文字を目にして固まった。


 《次男の鈴さん(十五)は意識不明の重体である》



 『鈴』……これは『りん』と読むのではないか。



 灯は席を立つと、他の新聞社の同じ日付の物をいくつか探し出し、机の上に広げた。

 どの新聞にも、大小様々ではあるが同じ事件を取り扱っている。

 霞野(かすみの)の住宅街で起きた、残酷な一家惨殺事件。夫と妻と長男の死亡。マンションの六階から転落した次男の重体。

 朝日奈あさひな りん。それが当時十五歳だった、次男の名前だ。


 これはどういうことなのか。

 他に何か情報はないのか。

 灯は次の日の記事にも目を通した。

 

 そして、灯は確信した。あの少年が、朝日奈 鈴だということを。

 

 その新聞の記事には、まるで人の好奇心ををあおり立てるように、死亡した一家の顔写真が載っていた。朝日奈 鈴の写真はなかったが、なくても充分だった。

 あの子は母親似だ。

 まるで無邪気な少女のように微笑んでいる、朝日奈家の妻の写真は、他人と思うのが無理なほど、あの少年にそっくりだったのだ。


 

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