第四章・2
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『眠り病』
つまり自分とは正反対ということか。
どうやら、少年も同じ事を思ったようで、少年は灯の方を見るとニヤリと笑った。
「眠らない人と話せるなんて、思わなかった」
なんだか、さっきから、本当に生意気な子だ。
「眠ることが病気? ずいぶんと気楽な病気ね」
居眠りをしていた美幸の顔を思い出す。体中から力が抜けたような、あの幸せそうな顔。
とても病気に繋がるとは思えない。
「眠ったこともないくせに、分かったようなことを言わないでほしい。意図しない眠りは、とても危ないものだ」
呆れたように言う少年に、灯は言い返す。
「それは良かった。私には関係ない話だもの」
「それもそうだね。眠らない人には関係ない話だ」
少年もわざわざ言い返す。
「可愛くないガキ」
「そっちこそ、この眠る時間も惜しいと思う人が多いご時世に、ずいぶん便利そうな病気だね」
ああ言えばこう言う。
結局、誰も灯の苦しみを分かりはしないのだ。
そして、その解決方法も。
灯は呟いた。
「私、他の人より早く死ぬのかも」
そう。
眠りを与えられなかったネズミのように。
眠らなくなったハエのように。
「それが恐い?」
少年に訊かれる。
その声は先ほどまでの、人を馬鹿にした様子はなく、どちらかというと同情的な響きがあった。
「……さあ。別に恐いとか、嫌だとか考えた事なかったから。ただ、そのときは、ちゃんと眠れるのかしらって。……それだけよ」
面白おかしく言ってみたのに、少年は笑わなくて、なんだか気まずくなった。
「そっちは? 意図しないのに眠るって、どんな感じなのよ」
「眠りは“着く”とか“入る”とかって表現をするけど、俺の場合は“落ちる”だよ」
灯の質問に、少年はまずそんなことを話しだした。
眠りに“落ちる”。
「落ちるたび、もう二度と上がって来られないかもと思う。もう一生」
それは、『永遠の眠り』というものに近い気がした。
「恐いの?」
少年と同じ質問をしてみる。
「恐くはない。いっそ、その方がいいかもと時々思うけど、まだダメだ。俺にはまだやることがあるから」
少年は少し拗ねたように、ベッドから垂らした足をぶらぶらと揺する。
「なのに、俺が一日でまともに起きていられる時間はほんの少しだ」
「じゃあ、その眠り、私にちょうだいよ」
灯は、自分の口から唐突に出てきた言葉に、自分でも何を言っているんだろうと戸惑った。
物のやり取りじゃないのだ。いらないならくれ、欲しいならやる、なんてことができるわけがない。我ながら、なんて間抜けなことを言ったんだと思う。
しかし少年は灯を馬鹿にすることもせず、
「いいよ」
灯に手の平を差し出して言った。
「あげるよ」
灯は不信な顔で少年を見るが、少年はいたって真面目な顔だ。
灯は少年の手の平を見た。
まるでそこに、本当に『眠り』があるかのようで、灯は少年の手に、ためらいながら手を伸ばす。
欲しい。
欲しい。
欲しい。
灯は少年の手に、自分の手を重ねた。