錆の渇き
貧血に蝕まれた体は、やがて、異物を求め彷徨う
村野家が都会に移り住んだのは、晩秋の終わりのことだった。山深い村から出てきた五人家族――父と母、兄と弟、そして末の妹。
彼らの故郷では、井戸の水が古い鉄管を通って流れていた。管は年々錆び、水は薄く赤く濁っていた。口に含めば、舌の上に金属の味が広がる。
子供の頃から、それが「水」の味だと思っていた。誰も疑問を抱かず、むしろその味に安心していた。
都会の水道は、あまりにも澄んでいた。蛇口を捻れば、無色透明の水が勢いよく溢れ出す。味がない。ただ冷たいだけだった。
最初の数日は、その清潔さにさえ安堵した。しかし、やがて体が異変を訴えるようになった。
最初に気づいたのは妹だった。ある朝、庭の土を指ですくい、静かに口に運んでいる姿を母が見つけた。
叱ろうとした母の手が、途中で止まった。母自身も、玄関脇のコンクリート塀を、何度も舌でなぞっていたのだ。
父は古びたドアノブを、兄は雨に晒された釘や蝶番を、弟は雨樋の錆びた縁を。五人は言葉を交わさぬまま、同じものを求めていた。
鉄が足りない。血液がそれを知っていた。貧血の影が、徐々に五人の顔色を青白く染めていった。
肌は乾燥し、唇はひび割れ、目の下に薄い影が落ちる。医師に診せる者は誰もいなかった。
都会の喧騒の中で、彼らは静かに、異物を口にし続けた。土、コンクリート、錆びた金属――
舌の上で味わうその感触だけが、わずかな安らぎを与えてくれた。
ある曇った午後、彼らは近所の小さな公園に出かけた。遊具のほとんどはすでに撤去され、ただ古い鉄棒だけが残っていた。
長年の雨に晒され、表面は赤黒い錆に覆われ、触れば粉が指に付くほどだった。
妹が最初に近づいた。鉄棒に顔を寄せ、ゆっくりと舌を這わせる。次に弟が、兄が、母が、そして父が。五人が並んで、錆びた鉄の表面を舐め始めた。
舌が錆を剥がし、金属の味が口中に広がる。渇きが、ほんの少しだけ満たされる。彼らは動かなかった。
ただ、鉄棒に顔を寄せ、静かに舌を動かしているだけだった。誰も顔を上げない。
まるで、長い間渇きを忍んでいた者が、ようやく水を得たように。通りがかった者には、それがまったく別の光景に見えた。
五人の人影が、鉄棒に首をかけ、静かにぶら下がっているように。頭を垂れ、動かぬ姿が、夕暮れの薄闇の中で、まるで縊死体のように映ったのだ。
一人、また一人と、通りすがりの人々が足を止め、目を凝らした。誰も近づこうとはしなかった。ただ、遠巻きに眺め、やがて急いでその場を離れていった。
噂はすぐに広がった。
「公園の鉄棒に、五人が首を吊っている」
「近づくと、錆の匂いがする」
警察が駆けつけたとき、そこには人影はなかった。鉄棒だけが、赤く湿って立っていた。
その夜、家族の渇きは、さらに深くなった。それ以来、かれらのすがたをみたものはいなかった。
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