ジャンプスケアなど怖くは
私は山を歩いていた。ハイキングは趣味の一つである。ハイキング中は歩く以外にできることは頭の中で考えをめぐらすことだけである。
どうでもいいことばかりをつらつらと考えながら山を歩いていた。
この間見たホラー映画のことを思い出していた。山の中にある墓地に大学生が肝試しに行く内容である。
自分にゆかりのある墓所が勝手に肝試しスポットにされたりしたらいやだなあと思わされる。
ある山の登山口が墓地だったこともあった。
その墓地はとても広大で、山の斜面の一角全体を墓にしてしまったようだった。そんな広大な墓所が住宅街の真裏にあった。墓所の入口の所には生花店があって、人がいないと思っていたのか、店番の若夫婦が箒でチャンバラごっこに興じていて、なんだか微笑ましい光景であった。若夫婦はうっかり目撃されて大層気まずかっただろうが。私も気づかれなければ触れずにこっそりと通り過ぎたかったが、ふと目が合ってしまったので挨拶をしたのだった。
あまりに広大な墓地だったので、墓地を抜けるだけで結構な体力を消耗させられた。墓地として切り開かれているせいで、日差しを遮るものがなかったのだ。ここの墓地の奥の方に墓参りに来る人はきっと大変だ。足腰が頑健でないと難しい。
そんなことを考えて歩いていると、墓地に対する怖さなど微塵も感じられなかったのだった。
思考が逸れたので、再びホラー映画のことを思い出す。その映画は、途中まではできのいいホラーだったのだが、中盤で原作と違う展開を入れたせいで物語の整合性が合ってないように感じた。後半は整合性ばかりが気になって、結局怖さを感じなくなってしまったのだった。
途中までは怖かったのになあ……と惜しい気持ちになった。
次に、ホラーの手法であるジャンプスケアについて考えが及んだ。私が苦手とする手法の一つである。これがあるからホラー映画を見るのをためらうこともあるのだ。
ジャンプスケアが怖いのではない。鬱陶しいのだ。
私は実はあまり耳がよくない。聴力に問題はないはずだが、聞き取りが大変に苦手なのだ。
カクテルパーティー効果という言葉があるが、それが私には作用しない。交通量の多い道路沿いで会話を始められると、ほぼすべての会話を聞き逃す自信がある。大きな音、大量の音は私の弱点であった。
なので、爆裂な大音量を聞くと精神が参る。映画館は音からの逃げ場がないのだ。作品の話の筋を理解しようと必死で聞き取ろうとしているのにそれを壊してくるのがジャンプスケアである。ゆえに、私はこの演出を大の苦手としていた。
先の作品にも、ジャンプスケアは使われていたが、そこまで話を邪魔するものでもなかったし、来る場面も予身構えることができた。その上で、ある程度ホラーとして怖くてストーリーを味わえたので、だからこそ、後半の展開がより一層惜しいなあと思ったのだった。
せっかくのハイキングであったが、登り始めから曇天の景色で上へと登るにつれ、小雨が降ってきた。
普段ならば荒天時のハイキングはしない。しかし、この時は前日に宿に泊まってまでしていたので、なるべくならば登りたいと思ってしまった。
この山で開催されるハイキングイベントに参加するべくすでに申し込みをしており、そのための下見として今日は来ていたのだ。イベントは小雨でも決行される。なので、雨でも歩けるスキルを身に着ける必要はあった。
少し足元が悪いが、これくらいなら……と挑んだのだ。
「うわ……」
目の前に現れたのは階段だ。濡れて滑りそうでドキドキする。
慎重に慎重に……と足を進める。手はしっかりと手すりをつかむ。登り切ってどきどきと脈打つ心臓が落ち着くのを待った。
進むほどに雨はしっかりと降ってくる。山頂を窺えば、完全に雲に包まれていた。ここで私の心は折れ、登る意義を見失った。登り切っても絶景の展望というご褒美がないのだ。
引き返そう。私は、そこから下山するべく踵を返した。
「あ」
忘れていたわけではないが、引き返すと再び階段を通らなければならないのだ。登り切れば、別のルートから下ることもできたのだ。
慎重に慎重に……そう念を込めながら一歩ずつ降りて行ったが、無情にも足は滑った。手すりを握る手に渾身の力を込めたはずだが、願いは叶わず気づけば階段の一番下まで落ちていたのだった。
リュックを背負った状態で滑り台を無理に滑ったような感覚だ。背中から尻が全部痛い。手も痛い。手で手すりをつかんだところで、無意味だった。全体重に落ちるスピードと重力。それらを腕一本だけで防ぎきれるわけがなかった。
しばらくその体制のままでじっとしていたが、それで痛みが治まるわけがない。背中の痛みを知るべく、身を起こしてリュックを下す。リュックを確認すると、フレームが歪んでいた。それを見て私は背骨の代わりに曲がってくれたのだと感じた。
そのまま背負うとゆがみが強打した背中に当たって辛いので、歪んだフレームを一旦取り外した。どうにかしてフレームの歪みを直す。歪みは完全には直らなかったが、どうにか背負えるようにした。
私は気落ちしながら再び下山した。
気を落ち着かせるため、また考え事をしながら歩いていく。
またホラーについて考えていた。私が個人的に最高に怖いと思っている話はある遭難に関する体験談であった。
山を歩く以上、遭難しないようにしなければいけない。(たった今、滑落という難に遭ったわけだが)
そのため、勉強のために、私は遭難に関する本を一時期よく読んでいた。遭難を扱った話は、当然実話をもとに構成されている。真に迫った体験談は臨場感にあふれていて、読んでいてとても面白く感じてしまった。
遭難の話を求めすぎるあまりにたどり着いたのは、ウェブ上にある個人が記した遭難の体験談であった。
その方の体験談は内容がドラマチックなこともさることながら、文章もうまく最後まですらすらと違和感なく読めた。そして、装備の不足や地図読みの不慣れさ、登山計画書の不備など、遭難の原因がわかりやすく他山の石とするのにも適していると思わされた。
だが、よくよく読んでいくとどこか不自然さがあるのだ。この方は、体こそ登山をするほどの体力があったが、幻覚を見てしまう病を患っていた。
この方が道標として扱ったものが道標にするには不適切だったり、行動食も山行用には不適切だったり、道に迷っていて、登山道に戻れたのに特定のルートに固執したり、しまいには途中で現れる同行者が本当に実在した人物なのか怪しく感じられていく。
文章がすらすらと読めて一見意味が通じるために、一読しただけでは怪しさが見逃されてしまう。だが、よくよく読んでいくとおかしな点が散見される。
そして、道迷い遭難から日数が経って水がなくなる。脱水症状が進行するとひたすら幻覚を見た描写が続く。
文章の意味が通じるのに、どこか支離滅裂で、まじめに読み続けているとこちらまで虚実の境がわからなくなってくる。
彼はこの遭難記をブログの形で書き直しているのだが、初出のログとの差異がある。その差異が単なるブラッシュアップなのか、それとも病に由来する記憶の改ざんなのか判別しづらい。
そして、さらに恐ろしいのはこの方が一年後に再び同じ山域の山に登って遭難され、救助されるもののお亡くなりになったということだ。
「え。あれ?」
行きには見つけられなかった大きなヌタ場を見つけた。ヌタ場とは獣が体についたダニを落とす水たまりだ。
そのヌタ場はやけに大きかった。どう少なく見積もっても半径は1m以上はあった。このサイズのヌタ場を利用する獣……絶対に大きな獣である。頭をよぎるのは熊。熊じゃなくても、このサイズの獣に出くわすのは怖い。鹿ならば向こうが逃げてくれるが、猪は逃げない。
私は急に恐ろしくなった。
こんな大きなものを見落とすわけがない。いつの間にか道をロストしている。なおかつ、大きな獣の痕跡まで見つけてしまった。すでに滑落までしている。
私は今、遭難している。
どうして道に迷っているんだろうか。行きはほぼ一本道だったのに、帰りはその道をなぞっているだけだ。なのに、ロストした。
道迷いは行きよりも帰りで多く発生するという。私が見落とすような分岐があって、そこにうっかり入り込んでしまったんだろうか。
落ち着こう。一旦、深く息を吸って、吐いた。
私は今、登山道にいる。その根拠は地面だ。登山道とそれ以外は地面の硬さが段違いなのだ。
登山道にいるのなら、そこまで深刻な事態ではないと思いたい。再び登り返して本来の道に戻るか、この道を下るか。
道に迷ったときは登った方がいいとはよく言われる。だが、登山道にいるのならば無理に登り返さなくてもこのまま下山してもいいのではないか。
車を停めている場所からは外れるが、人里には出られる。
今登っている山も山脈のように連なったものではない。降りて人里に出てしまえばどうにかなる。
私は、今いる道をそのまま降りていくことに決めた。熊などが出てこないことを祈る。運に任せる。
山を歩き進める。日の光の方向から何となくの方向はわかっている。道はしっかりとしている。この登山道も人の利用がしっかりとあるということだ。
人と出会わない。こんな天候だから、そもそも山を歩こうと思う人が少ないのだろう。
もし、あの滑落で気を失っていたとしたら。誰も来ず、あのまま倒れていたとしたら。
泊まった宿には私のほかに2組の客がいた。一人はトレラン目的の男性。もう一組は夫婦の登山客。トレランの男性は朝早くに出発したので私が宿を出たころにはすでにいなかった。トレランは軽装で山を走る。とっくに山頂にたどり着いて下山しているころだろう。雨にもあっていないかもしれない。
夫婦が宿の主人と話しているのを聞いたが、彼らの歩くルートは私の歩くルートとは全然違っていた。山頂以外で出会うことはないはずだ。
私を見つけてくれる人はいない。私は私を自分で助けなくてはいけない。単独行とはそういうものだ。
山全体がとても静かに感じた。晴れているときには聞こえてくる鳥のさえずりだとか、虫の音などが聞こえてこない。鳥などは体を休めているのだろう。虫はどうなんだろうか。存在が小さすぎて、雨風の音にかき消されているのか。
体が痛いこと以外は特に問題も起こらない。順調に山道を下っていく。無事に下山できそうだと安堵しかけた時だった。
ーーーーーー!
形容しがたい、人の叫び声のようなものが辺りに響いた。聞いた瞬間、ビクン、と体が跳ねる。
叫び声に聞こえた。男か女かはわからない。
よく言われるのは、男の声ならば逃げろ。女の声ならば上を向くな。と。
男の声の正体は熊。女の声の正体は猿なのだと。標的にされないように、行動をとらなければならない。
あれは、人ではないのだ。
私は、さらに足を速めた。
山道の終わり、アスファルトの車道とぶつかる。道をふさぐように丸太が横たわっていた。それをまたぐ。
「出口! でぐ、あっ」
フェンスと扉が見えて、駆け寄り、喜んだのもつかの間、扉に鍵がかかっていた。閂のような作りの簡素な鍵で、扉の向こう側からならば簡単に外せたのだろうが、焦りもあってかうまく外すことができなかった。
どうしよう……
出たい。早く、ここから出たい。
フェンス周辺を見回す。すぐそばを川が流れていて、集落の方まで流れているように見える。このフェンス沿いを行けばどこかで外に出られるのではないか。
熊など野生動物を防ぐためにあるのにそんな穴があるのだろうかと思ったが、望みを抱いてフェンス沿いを行く。人工物沿いとはいえ、道ではない。生い茂る草にまみれながら押しのけて強引に進んでいく。
「あっ」
フェンス沿いに丸太を模した足場のようなものがあった。なぜそれがあるかはわからない。この足場を使い、フェンスをよじ登れば、外に出られるのではないか。
フェンス上、やわらかいワイヤーのようなものでフェンスを延長してあるが、この足場の所だけややたわんでいる。
誰か、ここから脱出した?
私は、足場にのぼり、フェンスに手をかけた。フェンスが揺れ、上るほどに柔いワイヤー部分がぐにゃりと歪む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
せっかくの獣除けのフェンスを傷ませている。小声で謝りながら、フェンスをまたいで向こう側に出た。足裏にアスファルトを感じて、どっと安堵が波のように心を包む。
どうにか、手を伸ばしてたわんだワイヤーを元に戻そうとしたが、手が届き切らず歪んだままとなった。
ごめんなさいと心で唱えながら、駐車場に向かう。
自分の車を目視して、ほっと息を吐いたところで、ガガッとスピーカー音が聞こえた。村内放送のようなものかと思っていると
ーーーーーー!
あの男女の区別がつかない叫び声が響き渡った。
慌てて車に乗り込み、エンジンをかける。正体を探る余裕などあるはずもない。急いで車を発進させた。
山林の中、木にピンクのテープが目印のように巻いてあることがある。人がまいたものではあるが、これを頼りに歩いていると、とんでもない険しい場所に出てしまうことがある。
あれは、測量の人が巻いたものであって、登山客のための目印ではないのだ。道なき場所にもあのテープはあって、あれをつけた人は特殊な訓練を受けた人なのだ。
あるはずの登山口が見当たらない。途中までは地図の通りだったのに、道を見失ってしまった。日の光が全然差し込まないから、辺りが暗くてしょうがない。ピンクのテープがあるからと途中までがんばって登っていたが、あれは目印にしてはいけないのだと途中で思い出してしまった。
我に返って、一旦引き返そうと振り返ると、想像以上に急斜面であった。
こんな急斜面を、下りれる……?
怯えて、一旦やはり上を目指そうと思ったが、これ以上登るとなると更なる急斜面が待っている。地面は岩と木々の根でごつごつしている上に、湧水が上から流れているのか全体的に濡れていて滑りやすくなっていた。
どうして、登った?
登る前にこっちは違うと判断ができていれば、こんな怖い思いをしなかったのに。
ゆっくり、一歩ずつ足を進める。足元をじっと見つめていると、うねうね動くものを見つけた。なんだと思い、しゃがんで観察する。
これは、蛭? この山は蛭が出るのか?
蛭対策のアイテムなど、持っていない。血など吸われたくない。いやだと思いながら、滑らないようにとゆっくり進んでいく。
蛭を見つけたせいか、斜面への怖さが少し薄れた。
どうにか、斜面を下りきる。登山道への案内が出ていた分岐の所まで戻る。
「ええ……?」
手書きの案内板が掲げてあったはずが、その案内板が消えていた。私はただ首をかしげる。不可解だと思いながら、一旦駐車場に戻る。
「え?」
車の中で、私はハッと覚醒した。車を停めた後、気を失って夢を見ていたようだ。あれはかつてS山に登った時の体験だ。あのときは登山道が見つからなくて、結局別の登山道から山頂を目指したのだった。
こんなほんの一瞬で夢を見るなど、相当疲れている。
私は、帰る前に汗を流すべく日帰り温泉施設に来ていた。疲れも洗い流してしまいたい。
重い体をどうにか動かして、施設へと入っていった。
体を洗って浴槽へ入ろうとしたところで、私を見た人がぎょっとした顔をして、ささっと湯から出て行った。
疑問に思いつつ湯船に身を沈める。さっぱりして気持ちいいはずなのに、背中から尻が痛くて楽しめない。尻をつけて座ると特に痛かった。
長湯ができない。私は諦めて出ることにした。ふと、鏡に映る自分の姿に気づく。背中から尻にかけてが赤く染まっていた。広範囲にできた痣がまるで皮膚病のように見えた。
痣は冷やさないとなのに、温めてしまった。そう思うと痛みをさらに強く感じだす。どうにか服を着て、また車に戻った。
ハンドルを握ろうとして、指が妙に痛むことに気づく。滑落したときに頑張って手すりをつかもうとして、強打していたのだ。今頃になって、痛みが出だして気づいた。テーピングを出して指に巻く。
再び、車を運転して帰路につく。
道に迷った。たどり着いたのは湖で、湖上では舟に乗った人が釣りを楽しんでいる。
あーあ、と思いつつ一旦車から降りて休憩し、湖の景色を眺めた。
小舟に乗った人がこちらに気づいたのか、顔を向けてくる。なんだと思っていると、その人が口を開いた。
ーーーーーー!
山で聞いた叫び声と同じ声だった。私はあわてて車に戻り、エンジンをかけて出発した。
早く帰りたい。でも、帰れるのだろうか。さっきから不可解なことが起こりすぎている。
滑落しただけでもしんどいのに、辛い。
ーーーーーー!
やめて欲しい。もうその叫び声は聞かせないでほしい。
これが夢ならば、目を覚ましたい。
「ーーっあ! あ……?」
目を覚ますと視界が白い。白い天井に、白いカーテン、白いシーツ。
「○○の患者さん、目を覚まされました!」
などと聞こえてくる。
「え?」
私は病室で目を覚ました。
私は、あの滑落で気を失っていたのだ。私を見つけたのは私が泊まった宿の主人だ。悪天候ゆえ、心配した主人は山道を見回りして、倒れている私を発見したらしい。
滑落以降の出来事は、かつて別の山で体験したことを再び夢の形で追体験していたのだ。
あの叫び声は、半覚醒した私の口から発せられたものであった。




