《第一章》第三節:従業員たちの思惑と、恋の行方
桃と真司の微妙な関係に、焦りを感じているのは俺だけじゃないらしい。会社の従業員たちも、二人の恋の進展を巡って、密かに作戦を練っているようだ。他人の恋路にここまで介入するとは……人間は本当に面白い生き物だな。
俺はモモスケ。桃の肩から、今日も会社内の人間模様を観察している。
彼らは、社長である桃と副社長の真司という、二人の人間の動きを、まるでドラマの登場人物を追うように見ている。
そして、ことあるごとに、二人の関係について、あれこれと意見を交わすのだ。
彼らの間では、桃と真司の恋の行方が、まるで社運を左右する一大事であるかのように扱われている。
今日の昼休みも、休憩室は彼らの「純愛談義」で持ちきりだった。
従業員の一人、眼鏡をかけた若手のプログラマー、山田が口火を切った。
「そういえば、昨日の夜、残業してたら、真司さんが桃社長のためにコーヒー淹れてましたよ。しかも、ちゃんとミルクと砂糖の量まで覚えてて」
「えーっ! やっぱり真司さん、桃社長のこと、めちゃくちゃ好きじゃないですか!」
と、イラストレーターの佐藤が、興奮気味に声を上げる。
佐藤は、少女漫画のようなキラキラした瞳で、常にロマンスを求めているタイプだ。
「でしょー? で、桃社長も『ありがとう、真司さん! さすが分かってるぅ!』って、すっごく嬉しそうだったんですよ」
山田は、まるで手柄でも立てたかのように、得意げに語る。
まるで、二人の恋のキューピッドにでもなったつもりなのだろうか。
「でもさー、あの二人、いっつもそうじゃない? いい感じなのに、全然進展しないんだもん」
と、ベテランのプランナー、田中がため息交じりに呟いた。
田中は、長年ゲーム業界で酸いも甘いも経験してきただけあって、冷静な視点を持っている。
彼は続ける。
「真司は奥手だし、桃社長も結構引っ込み思案なところあるからねぇ。どっちかが一歩踏み出さないと、このままだと平行線だよ」
「いっそ、誰か背中押してあげればいいのに!」
佐藤が両手を合わせて懇願するような仕草をする。
すると、山田が身を乗り出した。
「実は、僕らで何かできないかって、考えてたんですよ」
「え、何? 何するの!?」
佐藤の目がさらに輝く。
田中は訝しげな顔で「おいおい、余計なことするんじゃないぞ」と釘を刺す。
「いやいや、田中さん! 例えば、飲み会とか、二人きりになれるようなシチュエーションを、それとなく作ってみるとか!」
山田は、目を輝かせながら、楽しそうに提案する。
彼の顔には「恋愛成就」という大義名分のもと、自分たちがこのドラマの監督になろうとしている、という野心が透けて見える。
俺は桃の肩の上で、小さく首を傾げた。
人間というのは、本当に面白い生き物だ。
他人の恋愛に、ここまで口出し(心出し?)するなんて。
彼らは、まるで自分たちの青春を取り戻すかのように、桃と真司の恋を追いかけている。
桃は、そんな彼らの思惑には気づいていない。
いや、気づいていないフリをしているだけなのか?
彼女はいつも通り、真司が淹れてくれたコーヒーを「これこれ、この味!」と、至福の表情で味わっている。
真司は、そんな桃の顔を、時折、ちらりと盗み見ている。
その視線は、熱い。
だが、桃と目が合うと、すぐにパソコンの画面へと戻ってしまう。
まるで、自分が見ていたことを隠すかのように。
従業員たちの「こうなればいいのに」という願望と、当事者である桃と真司の、もどかしいほどの慎重さ。
この隔たりが、彼らの純愛コメディーを、さらに面白くしている。
俺は、この人間たちがどんな「お膳立て」を仕掛けてくるのか、そして、それによって二人の関係がどう動くのか、興味津々で観察を続ける。
きっと、彼らの予想を裏切るような、何か面白いことが起こるに違いない。
人間どもが、あの手この手で二人の背中を押そうとしている。それすらも気づかない桃と真司。果たして、彼らの仕掛けは吉と出るか、凶と出るか。俺のひねくれた予測が、ワクワクで疼いているぜ。次節も、お見逃しなく。