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カロの翼  作者: 三色団子
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 さて、カロが生まれてからの数年間は、村中の老若男女が、毎日ひっきりなしにカロの下へと足を運びました。また村人たちは挨拶や世間話もそこそこに、やれ自分を金持ちにしてほしいだの、やれ毎日腹いっぱいに飯を食いたいだの、昨年よりも豊作にしてくれ、母親の病気を治せ、明日は雨にして欲しい、嫁をくれ、大工になりたい、鍛冶屋になりたい、狩の腕を上げてくれなどなど、様々な願いをカロへと言って聞かせました。


 カロは幼かったので、単に自分のことを構ってくれることに嬉しく思い、しかしまた期待され、自分が特別な身の上であると理解したカロは、村人たちの期待に応えようと、日夜翼を広げては飛ぶ練習をしていました。そんなカロの姿を見た村人たちは、いつか必ず自分たちの願いが叶うものだと信じ、気持ちを良くしていたのです。


 ですがそこからさらに数年が経つと、次第に、村人たちのカロへの態度は変わっていきました。

 はじめに不満がカロの耳に届いたのは、大雨が続いた蒸し暑い日のことでした。川が氾濫し、山は崩れ、農作物のほとんどがダメになってしまいました。自然の力には人間などちっぽけなものですし、冬に向けた備蓄もこれからという時期でしたので、ここぞとばかりに、村人たちはカロをぐるりと囲んだのでした。


「カロや。そろそろ使命を果たすときではないかな」

「この前の大雨でうちの畑はダメになっちまったんだよ」

「村の備蓄もないし、今年の冬は越せないかもしれん」

「狩りをするにも限界ってもんがあるんだ」

「しばらくは危なっかしくて川にも森にも近づけないのさ」

「さあさあ、早く飛んで願いを叶えておくれ」


 村人たちは口々に言います。

 カロは村人たちの言葉よりも、熱のこもった脅迫的な眼にすっかり怯えてしまい、俯いたまま「ごめんなさい。まだぜんぜん飛べないんです」と泣き出しました。すると村人たちは喉を詰まらせて、隣にいる人をちらりちらりと覗いては、握った拳を震わせて、ギッと歯を噛みました。


 一人の村人がぽつり、小さく沈黙を破りました。


「役立たずが」


 その穴から漏れ出ていくように、一人また一人と村人たちは何事かを呟いて、あるいは唾を吐き捨て土を蹴り、カロから去っていきました。


 ほどなくして、カロは村人たちから「チックマン」と言われるようになりました。

 とりわけてその蔑称を本人にぶつけていたのは、村の子供たちです。


 カロは生まれた時から特別扱いでした。仕事の手伝いをさせられるわけでもありませんし、怒られたり叱られたりすることもありません。それどころか、大人たちはニコニコしながらカロと話し、時には食べ物を与えていました。飛ぶ練習をしていたカロの姿はまた、傍目から見れば遊んでいるように映ったものですから、子供たちからしてみればまったく面白くありませんでした。しかし、嫌がらせや悪戯などしてバレようものなら、こっぴどい躾が待っていましたので、これまでは下手に手を出すことができなかったのです。


 それがどうでしょう。大人たちの方からカロを蔑みだしたではありませんか。村の子供たちは、はじめの方こそ仲間内でひそひそと悪口を言っていましたが、次はカロとのすれ違いざまにぼそりと呟き、さらには、カロを見かければ大声で「チックマンだ!」などと言って馬鹿にしていました。しかしこれで終わりではありません。狭いコミュニティで育まれた悪意は際限なく膨らんで、楔を解かれた感情は、簡単に全速力でエスカレーションしていくものです。


 子供たちは石を投げつけました。

 子供たちは木の枝で叩きました。

 子供たちは水をたくさんかけました。

 子供たちはカロを納屋に閉じ込めて、出してと叫ぶ声を聞いて笑いました。

 子供たちはカロを殴り蹴飛ばし、「こんな翼なんてもいでやる」みんなで力いっぱい翼を引っ張りました。


「ごめんなさい、いたいよ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 うずくまるカロの背からはミシミシ、ミチミチ音が立ち、羽根は散り、翼の付け根の血管が赤々と浮き上がっていきます。泣き叫びながら謝罪の言葉を繰り返すそれらは、村中に木霊しました。


 駆け付けた大人たちはさすがにまずいと思ったのか、子供たちをカロから引き離し、「もしこれが神様に見られていたらどうするんだ」「天罰が下ったらどうしてくれるんだ」とこっぴどく叱りつけました。子供たちはそれからというもの、カロを直接いたぶるということはしなくなりました。


 カロは家に送り届けられましたが、両親はボロボロの姿を見ても、まるでそこにカロが存在していないかのように、見て見ぬふりをしました。「ちくしょう」カロは膝を抱えて丸くなり、布団に入ってしくしく泣きました。


 けれども、この時のカロは、一人ぼっちだったというわけではありません。親友とも呼べる友人が二人いたのです。名をデクとマルムという男の子たちです。彼らもまたカロ同様、いいえ時によってはそれ以上に、虐げ蔑まれてきた者たちでした。


 デクはあまり目が見えず、さらには何をやらせても要領が悪くて、どんくさかったものですから、早いうちから役立たずとして除け者にされてきました。


 マルムは体が弱く、またそのせいかよく病気になる子でした。当然、外で遊んだり農作業を手伝うこともできず、さらには、掃除や洗濯、食事の用意なども、体力がないマルムにはいちいち重労働でしたから、何かするよりも休憩の方が長いくらいです。そんなマルムもまた、周囲から「いない方が役に立つ」と言われて育ってきました。


 そんな二人との出会いは必然だったとも言えるのでしょう。



「期待外れ」「役立たず」「失望した」と村人たちが口にし出し、子供たちからの嫌がらせが目につき始めた頃にあっても、カロは毎日の日課である飛ぶ練習だけは欠かさずにやっていました。その時も、大人の身長より少しばかり高い岩がある林の空白地帯で、カロはなんとかして飛べないものかと、訓練をしていました。そこにやってきたのがデクとマルムでした。


「お前いつもこんなことやってんのか?」

 不機嫌そうな顔をしたデクが言いました。

「うん。早く飛べるようにならないとだから」

「え、えらいね」

 辺りをキョロキョロ窺いながら、目を合わせないマルムが言いました。

「ありがとう。でも、それじゃ全然ダメなんだ。練習してたって、飛べるようにならないと、みんなの期待に応えられないと意味がないんだもの」


 カロは「えいっ」と勢いをつけて岩から飛び降り、懸命に翼を動かしましたが、落ちるのが少しゆっくりになるだけで、浮きさえしません。着地の際に尻餅をついたカロは、顔から火が出るほど真っ赤になって、「ほらね。全然ダメなんだ」二人に笑顔を見せます。それを見たデクとマルムは、まったく笑いませんでした。


「何言ってんだ。ちょっと惜しかったじゃんか」

「そ、そうだよ。こう、ふわって、感じだったよ」


 真剣な顔をした二人の言葉を受けたカロは、石炭をくべられた炉が赤々とした炎をさらに燃え上がらせたみたいに、なんだか胸が熱くなるのを感じました。先ほどのとは違う恥ずかしさでカロは背を向けました。


「よしもう一度!」


 そうして、カロはまた岩をよじ登り、飛び降りてはまた登ってを繰り返しました。気が付けばもう、山の稜線に帰宅間際の太陽の光が走っています。


「今日はもうおしまいにしよう」カロが言いました。

「なあ、俺、明日もきていいか」

「ぼ、僕もいいかな」

「もちろんだよ!」


 三人はそこではじめてお互いに笑い合い、家路につきました。

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