表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の都市  作者: トシユキ
第一章:「混沌」
8/45

第8話「飛べない空」

「まだ飛ばせていないのか?」


神戸空港の管制室に、スーツ姿の男が足早に入ってきた。

県の危機管理課・高梨修一。

彼は、先に到着していた県職員・松本を見つけ、まっすぐ歩み寄ると小声で尋ねた。


「副知事の指示だろう? なぜまだ準備が進んでいない?」


松本は困惑した表情を浮かべながら答えた。


「……管制官が、許可を出さないんですよ。レーダーが機能していない状態での離陸は危険すぎると」


「そんなことは分かってる」


高梨は腕時計を見て、苛立ちを露わにした。

副知事は神戸市役所の会議室で呆然としながらも、QTモバイルの回線を使って情報収集を続けている。

県庁にいる関係者との電話も、ようやく不安定ながら繋がった。


「このままじゃ、神戸も大阪も何が起きているのか分からないままだ。今すぐヘリを飛ばす」


高梨は胸ポケットから藤井から手渡された、元の持ち主が不明であるが必要不可欠なアイテムと化したQTモバイルの端末を取り出し、

耳に当てながら管制室に入り中央へと進んでいく。


「……ああ、こちら神戸空港。現在、消防航空隊のヘリを飛ばす準備をしているが……」


その様子を見た管制官・吉村達也は、思わず眉をひそめた。


「……なんだ? 今、電話してるのか?」


隣にいた神戸新聞の記者・田島も声を聴き、驚いた表情で振り返り高梨を見つめた。


「おいおい、待てよ……何で電話が使えるんだ?」


「関西圏は通信が遮断されてるんじゃなかったのか?」


松本が小さく肩をすくめながら答えた。


「……九州電力グループの回線です。QTモバイルってやつ、知ってます?」


「QT……?」


吉村は一瞬、聞き慣れない名前に戸惑ったが、すぐに理解した。

大手キャリアの通信は完全に死んでいる。

だが、この小さな回線だけは生き残っていた ということか。


「高梨さん!」


不意に、神戸新聞の田島が高梨に駆け寄った。


「ああ、田島さん……」


「助かったよ、あんたが来てくれて! こんな状況、何も情報が取れなくて困ってたんだ。話を通してくれよ!」


「いや、俺に言われても……」


「いつも便宜図ってるじゃないか。ほら、神戸港の件とかもさ! 俺も今回巻き込まれたようなもんだ、本来の取材とは違うが何かネタがいるんだよ。幸か不幸か、TVクルーも連れてきてるから、役に立てるかもしれんよ」


記者が少し恩をきせるような口調で迫ると、高梨はますます困った顔になった。


「いやいや、これはそんな簡単な話じゃ……」


「待て」


吉村が、硬い声で遮った。


「そもそも、今この状況でヘリを飛ばすのは……」


しかし、その言葉を遮るように高梨が言い放った。


「副知事の判断だ。すでにヘリは準備が整っている」


「お言葉ですが、レーダーが使えない状況での離陸は航空機事故の可能性がある。

GPSも使えない、通信も不安定。いわば、勘で飛べと言われているようなものだ!」


「そんなことは分かってる! だが、このままじゃ何も掴めない!」


高梨はQTモバイルの電話を耳に当てながら、苛立ちを滲ませた声を上げる。


「大阪に何が起こってるのか、誰も知らないんだぞ! 誰も分からないまま、ただ手をこまねいているだけじゃ、ますます混乱が広がる!」


「……」


吉村は奥歯を噛みしめた。

管制官としての本分は、安全を最優先にすること。

だが、県の判断は「何も知らないままでは動けない責任はとるから飛ばせ」ということだ。


「責任を取る? 誰が?」


吉村は冷たい声で問いかけた。


「副知事? それとも、あんたか?」


高梨が一瞬言葉を詰まらせる。


すると、後ろから消防航空隊の隊長・榊原が一歩前に出た。


「吉村管制官」


吉村は隊長の厳しい表情を見た瞬間、嫌な予感がした。


「私は、部下の命に責任が持てない。

現場の状況もわからず、航空ルートも見えず、指示も出せないまま飛ばせば、最悪の事態になる可能性が高い」


「……消防隊のヘリは、救助のためのものだ」


榊原が続ける。


「このヘリが墜落したら? それでも責任を取るのか?」


高梨は言葉を失った。

状況が覆らない、一歩も前へ進めない。


「こんな状況では、通常の状態とは言えません。

それでも飛ばしたいなら、副知事をここへ連れてきてください」


管制室の空気が凍りついた。


「……どうすればいいんだ……」


松本が小さく呟いた。


誰もが黙り込んだ。

状況は変わらず、情報も得られず、ただ時間だけが過ぎていく。


しかし、この空港の空は――依然として、沈黙したままだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ