表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の都市  作者: トシユキ
第一章:「混沌」
7/45

第7話「崩壊する医療現場」

「次の患者、運びます!」


 救急ストレッチャーの車輪が廊下を軋ませながら滑る。

 消毒液の匂いと血の臭いが入り混じる病院内。

 神戸市民病院・救急センターは、爆発による負傷者で溢れかえっていた。


 「この人、意識レベルGCS9、血圧85/50、外傷性ショックの疑い!」

 「CT室はもう満杯よ!」

 「ICUも、ERも、どこも空きがない!」


 白衣を翻しながら、医師・朝倉健吾は額の汗を拭う間もなく、隣のベッドへと駆け寄った。


 「次、トリアージA! すぐに輸血ライン確保! 呼吸管理も!」

 「先生、O型のストックがあと5本しかありません!」


 「……5本? それで終わりか?」

 朝倉は眉をひそめながら、看護師に問いかけた。


 「午前中に申請した分が届いています。それを含めて5本しかないんです。電話ができないため、連絡を取るために人を医療センターに送っています! でも……この状況では……必要分の確保が‥・」


 看護師の声が少し震えている。


 ──間に合わない。


 今運んでいる分が尽きたら、次はいつ届くのかも分からない。

 赤十字の輸送ルートが機能しているのか、誰も確信を持てない。

 それどころか、もしかするともう止まっているのかもしれない。


 「……分かった。とにかく、ある分で回せ」

 「はい……」


 「家族が見つからない患者も多いです。本人確認ができていません……」

 「とにかく、助けられる命を優先しろ!」


 廊下には応急処置を待つ患者が溢れ、床には毛布が敷かれ、点滴スタンドが並んでいる。

 もうここは、病院の中ではなく、仮設の医療施設のような状態だった。


 「救急車、まだ来るのか?」

 「途切れません!阪神高速湾岸線の崩落現場から搬送が続いています!」

 「……マズいな」


 「クソッ……なんでこんなに次々運ばれてくるんだよ!」

 隣の医師がイラつきを隠さずに呻く。


 「救急隊からの事前連絡もない。俺たちは何を準備すればいいのかもわからないんだぞ!」

 「搬送元と連絡が取れないんだ。無線も電話もダメだ。救急隊も必死なんだよ……!」


 誰もが殺気立っていた。

 怒鳴るつもりはなくても、つい声が強くなる。

 現場の混乱は、誰のせいでもない。だけど、このままでは……。


 「院長は?」


 手術着を着替える間もなく、朝倉は問うた。

 応えたのは、病院の事務長・北村だった。


 「……それが、院長は東京へ家族旅行で出ているようで、まだ戻れていません」


 「こんな時にいないのか……」


 「そもそも、関西圏の空路が閉鎖されてるみたいですし、仮に戻ろうとしても厳しいでしょう」


 「……やれやれだ」


 院長が不在。

 指揮系統の最高責任者がいない以上、病院全体の統率を取るのは医局のトップ――つまり、朝倉に託されていた。


 「朝倉先生! 10歳の男の子、胸部外傷、ショック状態!」


 「気管挿管準備! 麻酔! すぐ持ってこい!」


 看護師が急いで器具を手にする。


 「先生、このままだと……」

 「わかってる、あと3分もたせ!」


 白衣の袖が血で染まる。

 彼の手のひらには、小さな命が必死にしがみついていた。


 突然、病院の照明が一瞬、ちらついた。


 「……っ!」

 医療スタッフが一斉に天井を見上げる。

 オペ中の医師が、ほんの一瞬だけ手を止めた。


 「電力が……?」


 「病院の電力、今どんな状況だ!?」

 「……非常電源に切り替わっています! ポートアイランドの系統が不安定で、部分的に自家発電へ移行中です!」


 「くそっ、人工呼吸器とICUの機器は大丈夫なのか!?」

 「いま確認中! 燃料備蓄は3日分……だけど、この状態じゃもたないかも!」


 朝倉は、ちらりと病院の時計を見た。


 都市封鎖が始まってから、すでに7時間が経過していた。


 この異常事態は、まだ始まったばかりなのかもしれない――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ