第6話「市役所の混乱」
「緊急事態です! 関西電力からの回答なし!」
「港湾局とも連絡が取れません!大阪南港の封鎖、間違いないです!」
「救急隊員・田中副隊長が来られました! 神戸中央病院が満床を通り越していると! 別の搬送先を……!」
「無線か、電話か、何か連絡がとれるものを早急に確保しないと、誰かを派遣しての伝言では…対応が後手に回ります!」
「静かにしろ!」
藤井誠一はデスクを強く叩いた。
執務室内は怒号と慌ただしい足音に満ち、市職員たちが各部署を行き来していた。
彼が神戸市役所・災害対策本部に駆け込んでから、すでに3時間が経過していた。
「……状況を整理しろ!」
一瞬の沈黙の後、次々に報告が飛び交う。
「まず、大阪の異常事態についてですが……確認できる情報が少なすぎます!」
「関西電力の送電状況は? なぜ神戸は停電していない?」
「大阪管区からの電力供給が完全に遮断されているようですが、姫路方面は問題なし。しかし関電本社との通信も途絶えていて……!」
「港湾局は?」
「神戸港は通常通り稼働中。しかし、淡路発のジャンボフェリーが大阪南港に入れず、海上で立ち往生しています!」
「なんだそれは? 大阪港が封鎖された……? 何の理由もなくか?」
「消防から報告! 阪神高速湾岸線が複数箇所で崩落! 救助活動を実施中ですが、無線通信が使えず、応援要請も人づてで伝えられています!」
「関西国際空港は? 空路も遮断されている可能性は?」
「大阪側の航空管制と連絡が取れません……!」
「神戸空港はどうなっている! ヘリを早く飛ばせ!」
「すでに準備中です! もう少しで飛べます!」
藤井は額を押さえた。
整理すると、今わかっている事実はこうだ。
目の前のホワイトボードにリアルタイムで情報が書き込まれていく。
① 大阪との境界の都市機能が完全に麻痺している
② 高速道路と鉄道は分断され、陸路が封鎖された(姫路・淡路島回廊は正常)
③ 海路も遮断され、港湾局が大阪南港の入港を拒否
④ 空路の情報が遮断され、関西国際空港の状況は不明
⑤ 兵庫側のインフラは生きているが、大阪との接続が完全に断たれている
──都市の封鎖。
「……これは、災害じゃない」
藤井は呟いた。
「人為的なものだ……」
その瞬間、市役所の防災担当の一人が駆け込んできた。
「課長! 三宮でも混乱が広がっています!
爆発音を聞いた市民が避難を始めていて、交通規制が機能していません!」
「デマが拡散している可能性があります! 『政府が情報を隠している』という噂がネットに流れ始めています!」**
「ネット? 今ネットと言ったな! 繋がってるのか、おい?」
「いえ、関西圏のサーバーは落ちていますが、神戸市内では一部、大手キャリアではないモバイル回線がまだ生きています!」
「……どこのキャリアだ?」
「QTモバイルです! 九州電力系の通信会社らしいですが、なぜか神戸市内で繋がる回線があるようです!」
藤井は時計を見た。
異変が始まってから6時間が経過していた。
「誰かQTモバイルの携帯を持っている者はいないか?」
誰の返答もない。この会議室のメンバーにはいないのだ。
「誰でもいい、至急だ! 使える携帯電話を借りてこい!」
藤井は指示を飛ばしながら、隣に座っている副知事を見た。
副知事は……高齢だ。この現状に対応できるとは思えない。
まるで考えることをやめたかのように、口を半開きにして会議室の展開を眺めているだけだった。
この混乱の中で、決定権を持つ人間が思考を停止している。
行く先に、嫌な不安が募る。
「……何が起こっている?」
藤井のつぶやきに、誰も答えられなかった。