第21話「東シナ海の異変」
時刻:19時30分
東シナ海・中国人民解放軍海軍 潜水艦「長春(Changchun)」
深い海の闇を突き進む潜水艦「長春」は、通常の哨戒任務を遂行していた。
南シナ海と東シナ海の中間海域を巡回し、特に目立った異常もなく、艦内は淡々とした雰囲気に包まれていた。
「ソナー班、異常は?」
指揮官である艦長・梁は、いつもの確認を行った。
「異常なし。波高も穏やかで、付近の船舶も特に問題ありません。」
「そうか……では予定通り哨戒を続ける。」
梁がそう告げた直後、艦内に鋭い警告音が響いた。
「艦長、短波帯域で不明な信号を受信!」
「……短波?」
「はい、SOS信号と思われます。断続的ですが、複数の船から発信されている模様。」
梁は眉をひそめた。通常、SOSは国際緊急周波数で送られるものだ。しかし、短波というのは妙だ。
それは、通常の通信手段が機能しない状況を示している。
「位置は?」
「東シナ海、我々の進行方向25キロ先です。」
梁は即座に決断を下した。
「速度を上げろ。距離を詰める。」
約15分後、潜水艦「長春」は慎重に浮上し、潜望鏡を上昇させた。
梁が覗き込むと、暗闇の中に奇妙な光景が浮かび上がる。
——10隻を超える大小様々な漁船が、まるで群れを成すように一点に固まり、互いに電灯で光の合図を送り合っている様子が見える。
「こんな海の真ん中で、一体何をしている?」
「漁船同士の交信は?」
「いえ、交信は依然としてSOS信号のみ、船ごとに乱打されている様子ですね。どれもバラバラに聞こえてきます。」
梁は潜望鏡のピントを合わせ、各船を詳しく観察した。
船の側面に記された船名、甲板の上に掲げられた旗。
「どれもこれも……日本の船だな。」
確かに、そこに浮かぶのは間違いなく日本の漁船群だった。
しかし、奇妙なことに——
どの船もエンジンを止めている。
「漁業活動中ではない……?」
艦長に促され、副官・王も潜望鏡を確認する。
「艦長、どうやら……彼らは自分たちがどこにいるのかすら分かっていない様子です。」
「なぜそう思う?」
「近くの船と光の合図で必死に意思疎通を試みているように見えます。少し離れた位置に数隻漁船が存在しています。彼らは光で合図を送り合っています。憶測で申し訳ないのですが……無線も、GPSも、完全に機能していないかのように思われます。」
艦内の空気が張り詰める。
この海域で、日本の漁船が複数同時に航行不能になっている確率は、限りなく低い、いやありえないと言い切ってもいい。
「……気象異常は?」
「なし。波も穏やかで、強風も発生していません。」
「GPSの電波障害か?」
「それにしては、あまりにも不自然です。通常なら短波ではなく、衛星通信を使うはず……。」
——衛星通信が使えない?
梁の脳裏に、不吉な予感がよぎる。
「わが軍の行動計画を見せろ、何か見逃していないか。作戦計画書は発布されていたか?」
「いえ、艦長。我々はそのような命令や行動計画を一切知りません。」
「……我が軍のGPSに異常はないか?」
「確認しましたが、問題ありません。測位も正常、通信も正常です。」
「……」
梁は息をのんだ。
「沿岸警備隊の状況は?」
「警備艇『海巡36号』が近くの巡回海域にいます。また、東側には海軍のコルベット艦『東風(Dongfeng)』が哨戒活動を行っています。彼らとは問題なく連絡が取れています。」
梁はしばらく黙考した後、ゆっくりと頷いた。
「この状況は、通常ではありえないと思われるが、どうか。」
「まったく異常です、艦長。」
「……引き続き、静観する。余計な刺激を与えるな。」
「了解。」
潜水艦「長春」は、音もなく海の中に身を潜めた。
しかし、艦内の誰もが感じていた。
——この海域で、何か異常なことが起こっている。
そして、それはまだ始まりに過ぎなかった——。




