第13話「空からの異変」
時刻:11時50分 ANA176便(那覇→伊丹)
ANA176便は巡航高度から降下を開始し、伊丹空港への着陸準備に入っていた。
機内では客室乗務員が座席を回り、乗客に**「シートベルトの着用をお願いいたします」**と声をかけている。
機長・坂本貴司は、副操縦士の田辺直樹と最終アプローチの手順を確認しながら、伊丹空港のアプローチ管制にコンタクトを取る。
「(こちらANA176、現在フライトレベル100、ディセンディング。伊丹アプローチ、クリアランスをリクエストする)」
しかし、管制塔からの返答はなかった。
数秒の沈黙の後、インターコムから異様に短い応答が入る。
「(ANA176便、現在のところクリアランスは未発行。スタンバイ)」
「(……スタンバイ?)」
坂本は思わず副操縦士に向き直る。天候はクリアで、周囲に他の航空機が見当たらない。通常ならばあり得ない状況だ。
坂本はウィンドシールド越しに前方を確認した。
伊丹空港の手前には関西国際空港の滑走路が見える。通常ならば、同時に複数機が管制によって誘導されるはずなのに、着陸している航空機が異常に少ない。
「(これは、何かあったな……)」
副操縦士が眉をひそめる。
機内アナウンスが流れる。
「まもなく伊丹空港に着陸いたします。お手回り品を座席の下、または前のポケットへおしまいください」
乗客が次々と窓のシェードを開け始める。
「お母さん、おばあちゃん来てるかな」
「そうね、出る前に連絡したからお義父さんも一緒にいると思うよ」
「USJ楽しみだね、明日だよね」
そんな日常の会話が溢れる機内。
だが、
「おい、あれ見ろ!」
その瞬間、機内後方から男性の叫び声が上がった。
多くの乗客が怪訝な顔をしながら、近い座席の窓の外を見つめる。
反対側の乗客は通路を挟んで、他の乗客の頭ごしに見える景観に目を細めている。
和歌山市あたりだろうか、大阪南部から大規模な範囲に、黒煙が広がっているように見える。
煙は地平線を覆うように広がり、その先の発生源はわからない。
「なんだ、事故か?」
「まさか震災じゃないよな?」
「いやだ、いやだ、なんだよ……」
機内がざわつき始めた。
坂本は冷静に再度、管制塔にコンタクトを試みる。
「(ANA176、再確認。現在伊丹へディセンディング、ランウェイ32Lへのクリアランスをリクエストする)」
再び数秒の沈黙。
「(ANA176、ランディングディナイド(着陸不可)。即時ディバートを要請する)」
「(ディバート?)」
通常、着陸許可が降りない場合は、滑走路混雑や天候不良が理由となる。しかし、今回は一切の説明がない。
「(伊丹アプローチ、理由を確認したい。当機は規定通りのフライトプランに従っており、燃料も問題ない。伊丹へランディングできない理由は?)」
「(ANA176、再度通告する。現在、降機許可が下りているのは指定の国際便のみ。国内便はすべてディバートすること)」
「(……降機許可?)」
副操縦士と目を見合わせる。国内便を全便拒否し、国際便のみ許可 というのは通常あり得ない対応だ。
「(ANA176、再度確認する。当機の到着地変更はどこか指定されているのか?)」
「(ANA176、ディバート先は自己判断とする。直ちに大阪エアスペースを離脱せよ)」
「(……自己判断? そんなことがあるか?)」
坂本は深く息をついた。
「(機長、ナビゲーションシステムに異常発生。GPSがロストしています)」
「(……何だと?)」
「(バックアップのINS(慣性航法装置)は生きてますが、主要GPS信号が機能していません)」
「(これじゃ管制との交信が絶たれたら、誘導ができない……)」
坂本は即座に判断した。
「(神戸空港へディバートする)**フューエルチェック(燃料確認)**を行い、駄目なら那覇へ戻る」
視界に映る異変
進路変更後、高度を維持しながら旋回するコクピットの窓から、遠くに新たな黒煙が立ち昇るのが見えた。
「(機長……神戸の方角です…また煙が上がりました……)」
副操縦士の声がかすかに震えていた。
坂本はしばらく黙ったまま、その煙を見つめていた。
「(……これは、普通じゃない)」
「(副操縦士、目視飛行(VFR)に切り替える。ADS-B(航空機追跡システム)も異常がないかチェックしろ)」
「(了解)」
目視で飛行するしかない。
この空で何が起きているのか、誰も知らないまま。
静かに、ANA176便は大阪の空を離れようとしていた。




