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三流小説家・手越光シリーズ

素人(シロ)い巨塔

作者: てこ/ひかり

「お客様! お客様の中にどなたか……お医者様はいらっしゃいませんか!?」


 CAの悲鳴に近い叫び声が機内に響き渡る。唐突な呼びかけに、乗客たちは困惑気味に顔を見合わせた。夜だった。アイマスクをして仮眠を取っていた乗客も、何事かと目を覚まし始めた。


「お医者様は……どなたか! 急患なんです!」

 ざわざわ……と、騒ぎは波のように広まっていくが、しかし、誰も手を挙げる者はいなかった。窓の外からエンジン音が、不気味なほど大きく鼓膜を震わせた。


「お願いします、お客様……!」

「僕で良ければ……」


 すると、誰も名乗り出ないのを確認して、1人の乗客がおずおずと、遠慮気味に手を挙げた。草臥れたスーツを身に纏った、50代くらいの中年男性だった。皆の視線が一斉にそちらに集まる。


「貴方は……」

「小説家の、手越光です」

「小説家?」

「ええ。アマチュアですがね。実は僕、かつて医療ドラマを書いたことがありまして」

「はぁ……」

「ネットでもそこそこウケて、ジャンル別ランキングも、最高1256位まで言ったんですよ。もしかして、一度ご覧になったことありますか? これがその時のスクショなんですけど……」

「ごめんなさい! そんな小説、全然知らない! そんなことより! 急患なんです!」


 CAは手越の手を引っ張って、飛行機の、一番前まで連れてきた。ふと視線を感じて、手越が後ろを振り向くと、前の方に座っていた乗客たちが、一体何事かと首を伸ばして聞き耳を立てていた。CAが気取られないようにして、身を屈めて囁き声を出した。


「突然申し訳ございません。大きな声では言えないんですが、その、機長が急病でして」

「えぇっ!? 機長が!?」

「しーッ! 乗客に聞こえたら、パニックになっちゃうでしょ! それで、どうにかして専門家の方に治していただけないかな、と」

「なるほど。僕が書いたのは院内政治と、爛れた不倫関係なのだが……出来るだけやってみましょう」

「それってもしかして、『例の巨塔』のパク……」

「パクリじゃない! 『オマージュ』だ! 『白』って200色あんねん!」


 そう言うと手越はスーツを脱ぎながら、ポケットからスマホを取り出し、某医療ドラマのテーマソングをかけ始めた。


「あっあっ。機内は携帯電話禁止です」

「構うものか! 緊急事態だ!」


 壮大なBGMとともに手越がコックピット内に入ると、なるほど機長と思わしき人物がお腹を抑え、苦悶の表情を浮かべている。顔色は真っ青で、額にはじっとりと脂汗が滲んでいた。


「これは大変だ」

「お願いしますお客様……先生! 先生、早く機長を! じゃないとこの飛行機が……!」

「うーむ……僕が先生……何だか偉くなったみたいで、照れるな」

「照れてないで! 早くしてください!」


 聴診器がないので、代わりにイヤフォンをして、BGM効果で著名な心臓外科医になりきった手越は、とりあえず機長の腹を触ってみた。


「痛ッ!」

「あっあっ!? 先生、気絶しちゃいましたけど!?」

「うーむ。これは重症だ。手術が必要だな」

「そうなんですか?」

「嗚呼。良く分からんが、とりあえず腹を割いてみよう。今すぐオペの準備を。グフ……一度言ってみたかったんだ、この台詞」

「だけど……ここは飛行機の上で……そんなものは」

「私で良ければ……」


 すると、後ろから顔を覗かせていた乗客の1人が、おずおずと手を挙げた。


「ちょっとお客様! ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」

「貴方は?」

「元大工志望の……パティシエです」

「元大工志望?」

「えぇ。もし手術室が必要なら……私、作りましょうか? 趣味はDIYなので」

「趣味がDIYだから……何?」

「これは助かった! 早速取り掛かってくれ!」

「あのねえ!」


 CAがたまらず金切り声を上げた。


「こんな時に! 手術室の施工から始める人がどこにいるんですか!?」

「確かに。まずはじっくり入札からだな。談合があったと思われては敵わん」

「そんな場合じゃないんですよ! 手術って、大体、飛行機の上だから刃物の類もないし!」

「俺で良ければ……」


 すると、また1人後ろから乗客が顔を覗かせた。何やら暗い顔をしている。


「刃物が必要なんすか?」

「また……何なんですかお客様!?」

「俺はその、元金物屋の……犯罪者予備軍です」

「犯罪者予備軍!?」

「えぇ。俺実は、ムシャクシャして、ハイジャックでもしてやろうかと思って……」

「い……いやぁぁあ〜っ!?」

「しかし……助かったぞ。怪我の功名だ。ちょうどメスが必要だったんだ」

「や、俺が持ち込んだのは小型のチェーンソーなんですけど……良いっすか?」

「良いわけないでしょ!」

「嗚呼、こうやって、それぞれ足りないものを補い合い……世の中は巡り巡って出来ているのだなぁ。きっと貴方も、この僕でさえ、もしかしたら知らないところで誰かの支えになっているのかも知れません……ね。めでたしめでたし」

「まだ何も終わってないですけど」


 手越がチェーンソーの電源を入れると同時に、飛行機がぐらりと嫌な揺れ方をした。


「うわっ!?」

「乱気流です!」

「操縦桿を! 操縦桿を!」

「誰か代わりに運転できる奴はいないのか? 副操縦士は!?」

「いません! 無免許だったんで、途中で放り出しました!」

「なんてことだ! この飛行機には素人しか乗っていないのか!?」

「うぅ……!」

「あっ! 機長!」


 騒ぎを聞きつけ、機長がうっすらと目を開けた。


「機長、大丈夫ですか!?」

「機長……しっかり! 意識ははっきりしてますか? 貴方のお名前は?」

「と……藤四郎……」

「藤四郎?」

「何か……なんとなく嫌な予感がするな……」

「機長藤四郎……」

「機長が苗字?」

「絶対嘘じゃん!」

「時間がない! 手術を始める!」


 手越が機長の腹をチェーンソーでミンチにした。コックピットにたちまち血の海が出来上がる。


「ぎゃあああああ!?」

「墜落するぞーッ!」


 今や飛行機は垂直に傾き、真っ逆さまに地上へと堕ちて行くところだった。ビルの群れが、聳え立つ巨塔がどんどん近づいてくる。


「うわぁあああ!?」

「助けてぇ! 神様ぁっ!」

「どうすれば……もう終わってしまうぞ!? 教えてくれ! プロは一体どうやってここから……!?」

「何言ってるんですか! もうどうにもなりませんよ!」

「何だそうか……」


 泣き叫ぶCAの言葉を聞いて、手越はホッと胸を撫で下ろした。


「あ〜良かった、オチなくて」

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― 新着の感想 ―
タイトル惹かれて、つい見てみたら。 活きの良いジェットコースターに載せられて、 最後のオチでそうきましたか。 楽しかったです。
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