第8話「でしたらこれをどうぞ。こんなこともあろうかと……じゃーん!」
「では行きましょうか」
しばらく地面を見ていたのち、顔を上げたルミナが言った。
「行くってどこに?」
いったいどこへ俺を連れていこうとしている?
まさか仲間のところへか?
やはりかつての仲間たちとこの世界でも再会していたのか――!
思わず身構えた俺に、
「もちろん教室ですよ? そろそろ昼お休みも終わりですから。そろそろ戻らないと、5時間目に間に合わなくなっちゃいます」
ルミナはにこやかに言った。
「……そういや、そうだったな」
ルミナが勇者だったことに驚きすぎてすっかり忘れていたが、そういえば今は昼休みなんだった。
しかももう終わりかけ。
食堂に行く前にドナドナされたので、ぶっちゃけかなりお腹が空いている。
「もう、忘れてたんですか? マオくんってけっこう天然さんなんですね。ふふっ」
「ルミナみたいな人気の女子と友達になれて、舞い上がっていたみたいだ」
クスクスと上品に笑うルミナに、俺は適当に思いついたそれっぽい理由を答えた。
思いついたといっても、完全に嘘というわけでもない。
もちろん俺の言葉の前には、「勇者でさえなければ」という特大の枕詞が付くわけだが。
「はわっ……! も、もう、マオくん本当にはおだてるのが上手なんですから! やだなぁ、もぅ!」
なんて言いながら顔の前でパタパタと両手を左右に振るルミナは、本当に可愛くて。
ルミナがもし勇者ルミナスの転生体だと知っていなければ、俺はこの時点でルミナの魅力に完オチしていたことだろう。
元魔王とはいえ、今は男子高校生。
世界征服なんかよりも女の子にモテたい、女の子とデートしてみたい、恋人が欲しいetc...なお年頃な男子にとって、ルミナの可愛さはもはや目の毒だ。
というか勇者だと分かっていてもなお、俺の心のガードは自然と緩みそうになってしまっていた。
ルミナはそれくらい魅力的に過ぎる女の子だった。
全男子が憧れる、まさに理想の女子高生。
な、なんだこいつ。可愛いじゃねーか。
(ただし勇者でなければ)
そして空腹を意識した途端に、
グ~~~~~!
俺のお腹が、情けなくも特大の悲鳴を上げた。
思わずお腹に手をやってしまう。
前世では魔族の中でも屈指の頑強な肉体を持ち、一か月食べなくてもケロリとしていた魔王の俺も、今は人間の男子高校生。
育ち盛りの身体は俺の意思に関係なく、常に貪欲にエネルギーを欲してしまうのだ。
「もしかしてマオくん。お昼ご飯、まだ食べていないんですか?」
「ああ、うん。ちょっといろいろあって、食べそこねちゃってさ」
それもこれも、あのカツアゲ先輩どものせいだ。
空腹とともに怒りが込み上げてくるが、魔王である前世の記憶を思い出せたのは彼らのおかげでもあったので、まあ広い心で許してやろう。
「それは大変です。このままだと午後の授業に影響がでちゃうかもです」
眉を寄せて心配そうな表情を見せるルミナの言葉に、俺が言葉を返す前に、再び俺のお腹が、
グ~~~~!!
またまた盛大に鳴った。
「お腹は減っているけど、今から学食に食べに行く時間はないしな。なんとか我慢するよ」
弁当や間食は持ってきてないし、言ってもどうしようもない。
「でしたらこれをどうぞ。こんなこともあろうかと……じゃーん!」
と、ルミナが妙にノリよく言うと、ルミナはブレザー制服のポケットから、カラフルなアメを3つ取り出した。
1つの袋にいくつものフルーツ味がアソートで入ってるアメがあるけど、あれをバラして持っていたようだ。