第2話 魔王ブラックフィールドの転生体――黒野真央
思い出した場所は、俺が通っている高校の人気のない体育館裏。
時間はお昼休み。
俺の周りにはガラの悪いセンパイたちが4人いて、俺を逃がさないように取り囲んでいる――ってな状況だった。
センパイたちに体育館裏へとドナドナされてしまった俺は、金を貸してと「お願い」されていたのだ。
いわゆるカツアゲ。
今風に言うと可愛がり。
俺はビビりまくりながらも、震え声で「嫌です」と言ったところ、彼らの一人に突き飛ばされ、地面に倒れ込んだ時に頭を打ち、はからずも異世界の魔王だった「前世の記憶」を思い出したというわけだ。
史上最強の魔王ブラックフィールド。
それが前世の俺だった。
「ふむ、俺は前世で魔王だったのか」
尻をハタいて土を落としつつ、スックと立ち上がりながら呟いた俺を、
「前世で魔王? なんだこいつ、アニメの見すぎかよ!」
「ぎゃはははははっ!」
「オタクくーん、まさか俺たちがそんな脅しでビビると思ってんのか? プゲラ!」
柄の悪いセンパイたちはバカにしたように笑うと、俺の胸ぐらを掴もうとした。
「俺に触れるな、魔力も持たぬ下等種が」
しかし俺が前髪をかきあげつつ、軽く殺気を込めた闇の魔力を発動すると、それだけでセンパイがたはヘビに睨まれたカエルのごとく、ピクリとも動かなくなった。
俺の身体からは薄っすらと闇の魔力が、漆黒のオーラとして立ち上っている。
かつて相対する敵をことごとく震え上がらせてきた闇のオーラだが、もちろん全力ではない。
太平洋に水滴を一つ落とすくらいの、ほんのわずかの量だ。
それでも効果は絶大だった。
「あ、あ、あああ……」
「きゅ、急になんだってんだよ……」
「か、身体が動かねぇ……」
生物の本能を揺さぶる圧倒的な恐怖。
失禁して股間を温かくする者までいた。
「命が惜しければ俺の前から去れ、今すぐにな」
「あ、ああ……ああ……」
「聞こえなかったのか? 今すぐ俺の前から去れと言ったんだ。3度は言わんぞ下等種ども」
「は、はひぃっ! すびばぜん!」
「ただちに!」
「た、助けて──!」
俺が闇の魔力を薄めたことで動けるようになったガラの悪いセンパイがたは、涙と鼻水をたらしながら、我先にと体育館裏から逃げ出していった。
途端に体育館裏に静寂が訪れた。
「ククク、ついに復活したぞ。前とは違う世界に転生したことと、どうやら人間に転生してしまったことは想定外だったが、転生自体は成功した」
俺は右の手のひらの上で魔力を練り、暗黒の炎を生み出す。
俺が軽く魔力を込めると炎はゴゥ! と一瞬だけ強く燃えあがり、俺が魔力の供給を消すとともにこれまた一瞬で消え失せた。
「さて、復活したからにはまずはこの新たな世界を残らず我が手に──――なんてするわけないから。俺は平和に暮らすから」
静かになった体育館裏で、俺は大きく息をはいた。
「俺が前世で魔王だったのは間違いない。俺はその転生体だ」
それはもう確定的に明らかだった。
前世の記憶が蘇るととともに、慣れ親しんだ闇の魔力も発現した。
これが何よりの証拠だ。
まだ魔王時代の全力には程遠いが――脆弱な人間の身体だからなのか、前世の記憶を思い出したばかりだからか、なのかは分からないが――それでも一般男子高校生を震え上がらせるには十分すぎる力だった。
伊達に魔王と呼ばれていたわけではいない。
平和な日本に住み、命の安全を保障されたうえで弱い相手にオラつきたいだけの不良高校生など、相手になりはしない。
が、しかし。
「俺の自己認識はあくまで人間の黒野真央だ。魔王ブラックフィールドじゃあない。平和な日本で生まれ育ち、この春から高校に通う普通の男子高校生。それが俺の、俺に対する自己認識だ。そんな俺が、世界を征服するつもりなんてあるわけないだろ?」
だからさっきのセンパイがたも、脅すだけで終わらせた。
さすがに反省くらいはして欲しいが、やられたからやり返してやろうなんて暴力的な発想には至らない。
平和な日本で育った普通の日本人なら、それが当然だろう。
もし魔王時代の俺そのままだったら、前世の記憶が戻った時点で闇の炎で全員消し炭にしていただろうけどな。
「やれやれ。時代は令和だってのに、いまだにカツアゲとかあるんだな。ま、なんにせよ、これでもうあのセンパイがたに絡まれることはないだろ。いやー、前世の記憶が蘇って良かった良かった。入学早々に不良のセンパイからタゲられるとか、暗黒の高校生活確定だもんな」
偶然にも前世の記憶と魔力を取り戻したことを、俺は素直に喜んだ。
魔王の力を取り戻しつつある今の俺なら、例えば苦手な体育でも活躍できるはずだ。
そしたら、
「女の子にモテるんじゃないか?」
男子高校生の願望と言えば、やはり一にも二にも女の子にモテることだ。
間違っても世界征服などではない。
かつて魔王だった俺も、今は現役男子高校生。
女の子にモテたい願望が、心の多くを占めていた。
女の子と放課後に制服デートをしたり、スイーツ巡りをしたり、カラオケに行ってデュエットをしたり、放課後の教室で楽しくおしゃべりしてみたい。
「さーてと。今後のモテ学校生活については、早いうちに方向性を考えるとしてだ。こんなうら寂れたところにいてもしょうがないし、昼休みが終わる前にさっさと教室に戻るか」
俺が歩き出そうとした時だった。
人気のない体育館裏に、1人の女の子がやってきた。