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第16話 クレープに夢中の勇者様

「なになに、何かあるの?」

 もちろん俺はルミナの話に乗り気な姿勢を見せる。


「近くに美味しいクレープ屋さんがあるんですが、今日は半額セールをしているんです。それで誰かと食べに行きたいなって思っていまして」


「つまり俺とってこと?」

「もしお暇でしたら、どうかなって……」


 やけに恥ずかしそうな態度で呟くように提案するルミナ。

 頬を染めて上目遣いに見上げてくる姿は、世の全ての男子を虜にすることだろう。


 もちろん俺も例外ではなかった。


 今の俺の大部分を占めている男子高校生の黒野真央が、ルミナの美少女っぷりに激しく心を高鳴らせてしまう。

 俺はその本能的な感情を、魔王の理性でもって必死に抑え込むと、笑顔で答えた。


「ぜんぜん暇だから! そういうことなら断る理由なんてないよ。お昼食べてないしさ。考えただけでお腹がすきてきたから。さ、すぐに行こう!」


「あ、はい!」


 ここで断ったら、これまた俺への魔王疑惑が深まるんだろ?

 だからこれも取るべき必要なリスクだ。


 さぁ、かかってこい勇者。

 どんな手を使われても、俺が魔王である証拠を見せることはない!


 と、俺は意気込んでいたのだが――。


 駅ビルの入り口すぐのフードコート内にある、有名クレープチェーン店へとたどり着くや否や、


「どれにしようかな~? 今日はイチゴな気分なんですよね。やっぱり定番のイチゴミルフィーユでしょうか? いえ、少し値は張りますがイチゴのレアチーズケーキ・クレープもとても魅力的です。やはり元値が高いからこそ、半額の価値も上がるというもの。ですがイチゴミルフィーユの慣れ親しんだ味も捨てがたいですよね。むむっ、悩ましいですね……どうしようかなぁ」


 ルミナは俺のことなんてそっちのけで、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、店頭のメニュー表とにらめっこを始めた。

 軽く握った右手を口元に当てて、真剣なまなざしを向けている。


 魔王ブラックフィールドに決戦を挑む直前の勇者ルミナスが、たしかこんな顔をしていたな、と俺はルミナの横顔を眺めながら、なんとなく思い出していた。


 それくらい真剣にどのクレープにするか悩んでいるようだ。

 もしかしてわざと真剣な顔をすることで、俺に前世の記憶を思い出させてプレッシャーをかけようとしているのか?


 さすがにそれは深読みのしすぎか。

 俺は意識をクレープのメニューへと戻す。


「へぇ。レアチーズケーキをくるんだクレープがあるんだな。ちょっとびっくりだ。他にもパフェinクレープなんてのもあるし」


 文字通りパフェの具材が詰めこまれた、グレイトなクレープである。

 ちなみに値段はほかのクレープの3倍くらいする。


「そうなんですよ。いろいろあって、どれにするか実に悩ましいですよね。はい、悩ましいです。うん、悩ましいんです」


 何度も繰り返すあたり、本当に悩ましいのだろう。


「でもそうか。クレープでくるむことで、立ったままチーズケーキやパフェを食べられるわけだ。なるほど、考えたもんだ」


 そして俺はというと、美味しそうなクレープの写真と、鉄板から漂ってくる甘いにおいによって、お昼ご飯を食べ損ねたお腹が再び自己主張を始めていた。


 グ~~!

 大きな音が俺のお腹から聞こえてくる。


「そういえばマオくん、お昼を食べ損ねていたんでしたっけ」


 来てからずっとメニュー表とにらめっこを続けていたルミナが、俺のお腹の盛大な音を聞いて、メニュー表から俺へと視線を向けた。

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