8 宿舎
阿佐美がドアを開けると、マンションのエントランスになっていた。阿佐美、久場に続いて小野もドアからエントランスへ入る。
「何も表札のないドアは、行きたい場所を念じて開ければその場所に繋がるの。まあ、例外はいっぱいあるけどね。この宿舎は、第121部門から第130部門までの宿舎よ」
そう言って、小野達はエレベーターで3階に向かった。3階には、横一列に部屋が並んでいた。
「この階は、第127部門から第129部門までの部屋よ。我々の部屋は真ん中の方ね」
3人が廊下を歩いて行くと、「128-1」と書かれた部屋があった。玄関に「久場」と書いたシールが貼ってあった。
「ここが私の部屋だよ。何かあればいつでも遠慮なく相談に来てね。それじゃお休み」
「お疲れ様でした」
小野と阿佐美は廊下をもう少し先に歩くと、「128-3」と書かれた部屋があった。
「ここが小野君の部屋よ。ちなみに、通り過ぎた『128-2』は空室で、この先の『128-4』は私の部屋よ。何かあったら遠慮なく聞きにきてね」
「夜食や朝食を取りたいときは、1階の売店で調達するか、同じ1階の食堂で食べてね。まあ、食事は趣味みたいなものだから、食べなくても問題ないけど」
「それじゃ、明日は9時出勤ね。1階エントランスのドアで『第128部門』と念じれば、執務室に繋がるわ。お休み」
「ありがとうございます。お休みなさい」
「あ、忘れてた、これ鍵ね。お休み♪」
阿佐美が慌てて部屋の鍵を小野に渡し、部屋に入って行った。
† † †
小野は鍵を開けて部屋の中へ入った。照明を付ける。
部屋の手前は6畳ほどのダイニングで、その奥は8畳ほどの洋室になっている。小野が生前に住んでいた下宿よりも広くて綺麗だ。
ベッドやテーブル等、家具は一通り揃っていた。洗面台はあるが、トイレと風呂はなかった。不要ということなのだろうか。
確かに、この世界に来てから一度もトイレに行っていないし、衣服も汚れていないようだ。
小野は、ベッドに寝転び、テレビを付けた。生前にいつも観ていた番組が映った。チャンネルを変えながら、しばらくボーッとする。
朝、下宿を出るときは、まさか自分が死ぬとは思っていなかった。
親はどうしているんだろう。友達や大学のゼミの教授、バイト先には自分が死んだことが伝わったのだろうか。
色々考えていると、自然と涙が出てきた。
お父さん、お母さん、ゴメン……いつの間にか声を押し殺して泣いていた。
どれくらい泣いていたのだろうか。小野は、ふとテレビボードに置かれたスマホに気づいた。
生前に使っていたものと同じ機種だ。SNS等のアプリは入っていなかったが、メールが3通入っていた。
1通目の送信元は、まさかの閻魔様だった。
冥官の仕事を引き受けてくれたことへのお礼と、何か困り事があればいつでも連絡するように、という内容のメールだった。短い文章だったが、細やかな気配りを感じた。
夜遅くになっていたので少し悩んだが、とりあえずお礼のメールを送信した。
2通目と3通目は、久場と阿佐美からだった。それぞれ部屋に帰ってすぐメールしてくれたようだ。
2人からのメールは、似たような内容だった。今晩は「あの世」に来て一番辛い夜だと思うから、気が済むまで泣いた方がいい、というものだった。
ちなみに、阿佐美のメールによると、この宿舎は防音バッチリだそうだ。
小野は、久場と阿佐美にお礼のメールをした。その後、思いっきり、気が済むまで大声で泣いた。