7 歓迎会
「そっかあ、子どもを助けて亡くなったのね。残念だったけど最期に人助けができて良かったね」
阿佐美が小野に言った。小野が苦笑しながら答える。
「はい。あの子が助かって本当に良かったです。ただ、あまりパッとしない人生でしたね。結局彼女も出来なかったですし」
「ここに美少女がいるでしょ、恋せよ若者! とはいえ、私は享年95歳だけどね」
「え、そうなのですか?」
小野が驚いて阿佐美に聞く。阿佐美が笑いながら答える。
「そうよ、孫やひ孫に囲まれて、まさに大往生。最期はちょっとボケちゃったけど、まあいい人生だったわ。しかも、あの世に来たら女学校時代の姿に戻れて最高よ。心は若かったということね」
そう言って阿佐美が笑った。若すぎるにもほどがあるが、「女学校時代の姿に戻った」ということは、元々美人だったようだ。
「2人ともいいよなあ。私はどうしてこんな厳つい顔になってしまったんだろう」
久場が悔しそうな顔をして日本酒を飲んだ。小野が久場に聞く。
「久場さんも長生きされたのですか?」
「いや、私は享年45歳だね。陸軍法務官として高等軍法会議に勤務していたんだが、結核になってね。生前はもっと優男だったんだけどなあ」
陸軍法務官と言えば、確か戦前の陸軍の裁判官のような仕事だったはずだ。優秀な人なのだろう。ということは、戦前に亡くなったのだろうか。優秀なだけでなく、相当なベテランなのかもしれない。
「司命様は、優しさだけでなく威厳と包容力があったんで、そういったお姿になったんですよ」
笑顔で阿佐美が言った。久場が笑う。
「そう言ってくれると嬉しいけどね。いやあ、2人には私の生前の写真を見せたいんだけどなあ。先に天国に行った妻や娘に、今度写真を送ってもらおうかな」
「あれ、久場さんじゃないですか、今日はよく会いますね」
先程「法廷前室」で会った第34部門の爽やかイケメン司録、山田が、久場の後ろを通りながら声を掛けてきた。そのまま小野から見て左隣のテーブルに座る。
山田の向かいには、燕尾服を着た大層な美少年が座り、小野達に会釈した。
久場がその美少年を見て山田に話しかける。
「あれ、山田君、その子は第34部門じゃないよね?」
「ええ、少し前に第36部門に配属された子なんですが、何と、異世界経由であの世に来たそうなんですよ。ちょっと珍しいんで、食事がてら色々話を聞かせてもらおうかなと思いまして。ね、ワタル君」
「は、はい。そんな大した話ではありませんが」
ワタル君と呼ばれた美少年が、はにかみながら答えた。
「え、異世界経由? 珍しいですね。もし良ければ一緒に話を聞かせてくださいよ」
阿佐美が食いついた。久場も小野も興味津々だったので、ワタルの話を一緒に聞かせてもらうことにした。
† † †
「同じ元官吏として、君の苦労は良くわかるぞ~! よく頑張った!」
久場が号泣しながらワタルの左隣の席に移動して酒を注いだ。ワタルは元公務員で、苦労して病死した後、ネコに似た住民が住む異世界に召喚されたそうだ。
ワタルは、久場に注いでもらったお酒を一口飲んだ後、照れながら言う。
「異世界でも色々大変ではありましたが、出来る限りのことはしましたし、何よりも人生最高の親友に出会えたので幸せでした」
「閻魔様にお聞きしたところ、天国は各世界共通らしいので、いずれその親友がこちらに来るのをのんびり待とうかと思っています」
「美しい友情! 素晴らしいわ!」
阿佐美も泣きながら立ち上がって、ワタルの右側からお酒を注いだ。久場も阿佐美も泣き上戸のようだ。
小野は、泣きながらお酒を注ぎ続ける久場と阿佐美に挟まれて、戸惑いながら座っているワタルに声を掛けた。
「ワタルさんも閻魔様にスカウトされたのですか?」
ワタルが笑顔で答える。
「はい、閻魔様の執務室に呼ばれて、頭を下げてお願いされました。流石に断れませんでした」
「僕も一緒です! あれだけお願いされると断れないですよね」
「ほんとですよね。あれは反則です」
そう言ってワタルが笑い、小野も一緒に笑った。
† † †
あの世の居酒屋にもラストオーダーはあるようで、一同は残った食事を食べた後、店を出ることにした。お会計はなかった。無料なのだろうか。
店の外に出ると、大きな廊下になっていて、多くの様々な人が行き交っていた。
「それじゃ久場さんに皆さん、また飲みましょう!」
「おう、またこのメンバーで飲もう! お休み!」
山田の挨拶に、久場が笑顔で答えた。他のメンバーがそれぞれ会釈する。
山田とワタルは、店を出た向かいのドアに入って行った。
「さて、私たちも帰ろうか」
久場がそう言って歩きだそうとしたとき、小野は重大なことに気づいた。慌てて久場と阿佐美に聞く。
「あ、そ、そうだ。すみません、皆さん。僕は一体どこへ帰ればいいのでしょうか?」
久場と阿佐美が顔を見合わせ、笑った。阿佐美が小野に言う。
「ごめん、言い忘れてた。冥官の宿舎があるから、そこまで案内するわ」
そう言うと、久場と阿佐美は、さっき山田達が入って行ったドアの前へ向かった。慌てて小野も付いていく。阿佐美がドアを開けた。