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5 地獄

 法壇からの声が続く。


「貴様は、己の私利私欲のため人を殺め、金品を盗んだ。そして、それを悔い改めもしない。言語道断!」


 ドンッ!


 被告人席の男の両側の鬼が、鉄の棍棒で床を突いた。


 男の顔が真っ青になり、後ろへ逃げ出そうとしたが、両脇の鬼に止められた。


 その直後、法壇の上から、巨大な手が伸びてきて、男を掴むと、持ち上げた。


「地獄で悔い改めよ!」


「うわああああ!」


 男が絶叫すると同時に、巨大な手の中から消えた。


 巨大な手が法壇に戻っていく。すると、突然、先ほど消えた男が被告人席に現れた。号泣している。


「お、オレは何故あんな酷いことを、恐ろしいことを……あんな苦しい思いを、辛い思いをさせてしまったなんて……もう耐えられない! オレをこの世界から消し去ってくれええ!!」


 男が叫ぶと同時に、凶悪な男の姿が光り輝き、イガグリ頭の純朴そうな少年に変わった。


 法壇から、先ほどと打って変わって慈悲に満ちた声が聞こえてきた。


「消え去る必要はありません」


「で、でも、オレは、あの人達を殺してしまった。もう償うことはできない!」


 少年が泣きながら叫んだ。法壇の声が優しく(さと)す。


「貴方が傷つけ殺めた者は、私が救いました。次は、悔い改めた貴方が救われる番です」


「自らを救う旅に出なさい」


「お地蔵さま……」


 被告人席の少年がそう(つぶや)いて立ち上がった。少年は光に包まれて消えていった。



† † † 



「お疲れさま。初めての閻魔様の裁判はどうだったかな?」


 第128部門の執務室、久場が衣装を脱ぎながら小野に聞いた。


「ちょっと驚くことが多すぎて、頭がまだ混乱しています」


「ははは、私も最初はそうだったよ。少し休憩しようか」


 久場がお菓子を、阿佐美がお茶をそれぞれ応接セットに用意してくれた。


 久場と阿佐美がソファーに向かい合って座る。小野は恐縮しながら阿佐美の右隣に座った。


「閻魔様が裁判で何をしているのか説明しよう。あ、食べながら聞いてね」


「ありがとうございます。いただきます」


 小野はそう言って、テーブルに置かれたお饅頭を一つ取って食べた。こし餡が美味しい。


 久場も饅頭を一つ取り、食べながら説明する。


「まず、閻魔様は罪人を『地獄』に送った。地獄と言っても、仮想現実だけどね」


「仮想現実?」


 意外な単語に、小野は思わず聞き直した。


「うん、最近はバーチャルリアリティ、VRって言うんだっけ? 罪人はそこで自分の罪と向き合うんだ」


「仮想現実の中で被害者の苦しみや悲しみを体験するんだよ。悔い改めるまでね」


「あんな一瞬で悔い改められるんですか?」


 小野が驚いて聞くと、久場が笑った。


「時間の流れを操作してるんだよ。こちらでは一瞬だけど、仮想現実の中では、悔い改めるまで何年も何十年も、もしかしたら何百年も体験しているという訳だ。まあ、大抵は一回経験すれば改心するみたいだけどね」


「それで、悔い改めたところで、閻魔様が地獄から罪人を引き戻す。悔い改めた魂は、その姿も変わるから一目瞭然だ」


 先ほどの凶悪そうな強盗殺人犯が純朴そうな少年の姿に変わったのは、悔い改めたからだったのか。


 久場が説明を続ける。


「そして、悔い改めた罪人を救うため、今度は罪人を『並行世界』へ送った。パラレルワールドと言った方が馴染みがあるかな?」


 小野が答える。


「はい。SF小説とかで出てくる概念ですよね。別の現実といったものでしょうか」


「うん、そんな感じだ。さっきの『仮想現実』と違って、パラレルワールドは『もう一つの現実』だ。罪人は、別の現実世界で人生をやり直し、臨終時の幸福度が一定レベルに達する人生を経験できたら、天国へ行くんだ」


「ちなみに、臨終時幸福度が低かった被害者についても、別途パラレルワールドで『被害に遭わなかった人生』を過ごすなどして、幸福度が一定レベルに達したら天国へ行くことになる。単に臨終時幸福度が低かった人も同じだね」


「ということは、どんな人でも必ず幸せになって天国へ行くということなのですか?」


 ワタルが聞くと、久場が(うなず)く。


「うん、そういうことになるね。様々なパラレルワールドでの経験は、最終的に一つの魂の経験として統合されるからね」


「不幸な人生もあったけど幸せな人生も経験できて良かったと思って天国へ行くことになる。もちろん議論の余地はあるけど、最終的には皆幸せになると言っていいかもね」


「まあ、例外はあるけどね」


 そう言って久場が湯飲みに手を伸ばした。

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