42 帰還
ドン!!
川の方から、鼓膜が破れそうな大きな音がした。辺りに水しぶきと小石や砂が飛んでくる。群衆が叫び逃げ惑った。
呆然とするプリンツィプに、官憲や群衆が飛びかかった。完全に押さえ込まれる。それを見届けた小野は大公の乗った車に走り寄る。
大公はゾフィーを守るように覆い被さったままだった。その背中は水しぶきや土砂で汚れていたが、怪我はなかった。
大公が起き上がり、辺りを見回す。小野の方を見ると、一瞬驚いた顔をして、笑顔になった。
「はは、精霊よ、着替えたのか? 君のお陰で命拾いしたようだ」
小野は慌てて自分の両手を見た。ジャケット姿がくっきり見えている。さっきプリンツィプに体当たりしたときに、衝撃でポケットに入れていた消えるくんのボタンが押されてしまったようだ。
小野の右側にワタルの姿が現れた。ホッとした表情だ。
小野が後ろを振り返る。プリンツィプに群がる官憲や群衆から少し離れて、スナリッチが立っていた。笑顔でこちらに手を振ると、タイムリモコンのボタンを押して消えていった。
小野は前を向いた。オープンカーの上で、大公とゾフィーがこちらを見ていた。2人とも服は汚れていたが、笑顔だった。
小野が大公夫妻に笑顔でお別れの挨拶をする。
「殿下、ゾフィーさん、お幸せに!」
大公とゾフィーが小野とワタルに笑顔で手を振った。
小野とワタルは、お互いに顔を見合せ頷くと、タイムリモコンのホームボタンを押した。
† † †
「……という訳で、何とかサラエボでの大公夫妻暗殺事件は回避することができました」
「居酒屋えんま」のテーブル席。小野が話し終えると、レモンサワーを一口飲んだ。
「小野君、大金星だよ、素晴らしい!」
小野の向かいに座る久場が、泣きながら拍手した。既にベロベロだ。
「あの悲惨な戦争が大幅に縮小される並行世界ができるなんて、本当に画期的ね」
小野の左に座る阿佐美が、感慨深そうに言った。実際に戦争を経験している者には、特別な思いがあるのだろう。
「今後は、長期未済案件のうち、特に太平洋戦争関係の処理が大幅に捗りそうッスね」
小野の左斜め向かいに座る第34部門の爽やかイケメン司録、山田がワインを飲みながら言った。
そうなのだ、サラエボでの大公夫妻暗殺回避を受けて、太平洋戦争の被害も軽減される見込みなのだ。
とはいえ、強い復原力が働き予断を許さない状況のようで、閻魔庁の第1部門が欧米やアジア・太平洋の所管庁と連携して対応に当たっている。
この対応が済めば、太平洋戦争の被害が軽減された並行世界をコピーして、各部門で長期未済案件の処理を重点的に進める予定だ。
「忙しくなりそうですね。でも、臨終時幸福度が上がって天国に行ける人が増えるのは嬉しいです」
小野の左、阿佐美を挟んで座るワタルが言った。まったく同感だ。
小野がニコニコしながら皆の顔を見た。死んだ後になってしまったが、いいメンバーに恵まれ、やりがいのある仕事をすることができたのは幸せだ。
天国に行くのは、まだしばらく先になりそうだなあ、と思いながら、小野はレモンサワーを一口飲んだ。
最後までお読みいただき誠にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸甚です。
また何か物語を思いつきましたら投稿させていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。
12/4 誤字を修正しました。




